コラム

日銀の長期金利操作政策が奏功した理由

2017年02月06日(月)15時30分

「トランプ・リスク」をいかに抑止するか

このように、日銀の長期金利操作政策は、トランプの勝利によって、思わぬかたちで想定以上の効果を発揮することになった。しかしそこには、「あのトランプが、日本の得たこの棚ぼたの恵みを何の見返りもなしに許容するのだろうか」という不安がつきまとうのも事実である。

最も一般的に想定されているのは、「国内産業の復活を訴えて政権を得たトランプが、むざむざとドル高の進行を放置するはずはなく、いずれは円安批判を始めるだろう」という見通しである。実際、その懸念は「中国と日本に対する為替操作批判」というかたちで既に部分的には現実化している。結果として、円安ドル高の進行も打ち止めとなった。

しかし、こうしたトランプ政権の口先介入が、為替のトレンドを再び円高ドル安へ向かわせるのかといえば、その可能性はそれほど高くはない。というのは、アメリカの実体経済は既に完全雇用に近づいており、名目賃金は上昇し、インフレ率も目標水準に近づき始めているからである。仮にアメリカのインフレ率が目標水準を越えていくということになれば、FRBは必ず政策金利を引き上げてインフレを抑制しなければならない。また、トランプが実際に減税や公共投資を実行するということになれば、アメリカ経済のインフレ圧力は益々強まる。そうなれば、FRBの利上げペースはさらに早まる。そうすると、トランプが何を言おうとも、米長期金利の上昇とドル高の進行は避けられないのである。

とはいえ、これは今後の1〜2年くらいのレンジの話であり、短期的には、景気拡大の成果を性急に求めるトランプが円安に対して難癖を付けてくる可能性は十分ある。

現実には、日本は第2次安倍政権の成立以降、外国為替市場への介入はまったく行っていない。つまり、為替レートの決定は純粋に市場に委ねられており、いわゆる為替操作を行ってはいない。第2次安倍政権の成立以降に円安が進んだのは、あくまでも金融政策の結果にすぎない。そして、金融政策の運営は、各国の独立した中央銀行が持つ専権事項であるから、それが為替市場にどう影響しようとも、その点についてアメリカにとやかく言われる筋合いはない。

しかし、相手はトランプであるから、日本の金融政策そのものについて何か言ってくる可能性は否定できない。実際、トランプ勝利後にあれだけの円安ドル高をもたらしたのは、何よりも日銀の長期金利操作政策だったのである。

ここで実に幸いだったのは、この日銀による長期金利操作政策の導入が、トランプの勝利以前に行われていたという点である。この事実は、アメリカ側にやっかいな誤解を生じさせないという意味では、きわめて重要である。その政策は当然、トランプの政策ではなく、まずは日本の財政拡大に頼りを求めようとするものであった。そして実際、日本政府は、アメリカの政策動向とは無関係に、補正予算によって赤字国債発行の拡大を決定した。トランプの勝利による状況の変化は、その意味では単に「嬉しい誤算」にすぎなかった。日本政府はその点を、トランプ政権に対して声を大にして説明しておくべきであろう。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

COP30が閉幕、災害対策資金3倍に 脱化石燃料に

ワールド

G20首脳会議が開幕、米国抜きで首脳宣言採択 トラ

ワールド

アングル:富の世襲続くイタリア、低い相続税が「特権

ワールド

アングル:石炭依存の東南アジア、長期電力購入契約が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story