コラム

元民主化リーダーが語る中国の未来

2012年07月18日(水)10時00分

 23年たった今もよく覚えているが、1989年6月4日は日曜日だった。4月からずっと北京で続いていた学生の民主化運動は、前日の土曜日深夜からこの日未明にかけて起きた中国当局の武力弾圧という最悪の形で幕引きされた。中国語を学ぶ大学3年生だった筆者は日曜の午後、大学のグラウンドの片隅で一人膝を抱えた。ぼんやりと考えるのは、中国(と自分)の不安な未来。「涙ポロこぼれます」と中国人教師が慣れない日本語で授業中に語っていたと、何日か後に学内の噂で聞いた。

 天安門事件当時、北京大学の学生リーダーだった王丹と筆者は同じ69年2月生まれだ。ともに今年43歳。その王丹が先日、初めて来日し日本や海外のメディアとの会見に応じた。王丹自身も出演したドキュメンタリー映画『亡命』のPRと、中国の人権状況を改めて日本人に知らせるのが目的だ。

 かつて民主化運動の中心を担った元学生リーダーのいいニュースは最近少ない。現在台湾に住むウイグル族のウアルカイシは09年と10年、マカオの中国入管と東京の中国大使館にそれぞれ出頭しようとして中国政府から拒否された。もう1人の元リーダーでキリスト教に改宗した柴玲はこの6月、突然「(虐殺当事者の)鄧小平や李鵬を許す」という公開書簡を発表してひんしゅくを買った。

 初めて生で見る王丹がどんな43歳になっているのか、正直それほど大きな期待はせずに東京・有楽町の外国特派員協会で行われた記者会見に参加した。現在は台湾の大学で教えている王丹が民進党の陳水扁政権から機密費を受け取っていた、という報道が昨年台湾であったことも影響していたかもしれない。

 王丹自身が慣れない英語でのやり取りは正直ぎこちなく、話す内容もおおむね一般論が多かった。ただ弊誌コラム『Tokyo Eye』筆者の李小牧氏にくっついて潜り込んだその後の中国系メディアとの会見で見た王丹は、若干20歳ながら物怖じせず天安門広場の大群衆を率いた23年前の彼そのものだった。ユーモアと皮肉を織り交ぜながら、よどみなく質問に答える様子に感心させられた。

wangdan (1).JPG

東京・有楽町の外国特派員協会で中国メディアと会見する王丹 (c)Nagaka Yoshihiro

 89年の天安門事件で民主化への希望が潰えてから、中国に残った良識派や海外のチャイナウォッチャーは実はリベラルだと信じられていた朱鎔基元首相や温家宝首相に改革のかすかな望みをかけ続けてきた。しかし「この20年間、改革派の朱鎔基や温家宝に期待したが、彼らがどれだけのことを成し遂げたのか。何もない」と、王丹は彼らをばっさり切り捨てる。「このような人たちに期待するのが、いかに哀れなことか。温家宝は正真正銘の『影帝(映画スター、温の人民に対する親しげな態度は演技だという皮肉)』だ」

 民主化へ安易な希望は抱いていない。「中国が将来民主化するとして、どんな民主モデルがふさわしいか?」という問いに対する答えはこうだ。「民主にモデルなど存在しない。民主というのは概念であってモデルはない。中国にとって重要なのは、まず政府が(民主活動家でノーベル平和賞受賞者の)劉暁波の拘束のような不合理をやめること」。中国と世界を騒がせた盲目の人権活動家、陳光誠の脱走・出国事件についても、「国際社会の圧力を弱めるため当の人物を釈放する、というやり方は昔から同じ。私は彼の家族や子供たちのことを考え、政治的というより人道的立場から今回の釈放を歓迎した」と冷静だった。

 かつての同志だった柴玲の「許す」発言にも「共産党がわれわれを許さないのに、どうしてわれわれが彼らをゆるす必要があるのか」と手厳しい。ただかたくなに中国政府との対話を拒否しているわけではなく、おそらくは実現困難だろうが、「いつでも帰国する準備がある。さらに、政府と条件を話し合う準備もある。中国政府と話し合うことはやぶさかではない」と、閉塞した状況の打開へ向けたメッセージを送っている。

 王丹によれば、彼は中国に残った家族とアメリカで面会することができるが、ウイグル族であるウアルカイシの家族はこれまで一度も出国を認められていない。このため、ウアルカイシはこの23年間本当に一度も家族と会っていない。とすれば、マカオや東京の中国政府機関に飛び込むという一見突飛に見える彼の行動も理解できる。

 中国の民主について、王丹は「一貫して楽観している」のだという。ただし(次期トップの)習近平国家副主席については悲観的だ。ただし習近平個人が、ではなく、共産党の指導部が、という意味だ。「人民の圧力もないのに、彼らが権利を手放すだろうか? 人民の圧力がなければ政府はいかなる改革も進めない」と、彼は言う。「しかしその点については楽観している。四川で起きた金属工場の汚染をめぐる抗議事件を見ればいい。前面に出て行ったのは(90年代生まれの)『九〇後』だし、さらにその中心は中学・高校生だ。ここに中国の未来への希望がある」

 いささか楽観的過ぎるかもしれない。ただ89年以降、すべての中国の矛盾を糊塗してきたといっていい経済成長がここへ来て相当怪しくなっている。もし中国経済が失速することになれば、その代償としてさまざまな権利を制限されてきた国民の不満が、これまでのような地方政府ではなく中央政府に向かって一気に噴出しないとも限らない。

 それにしても香港や台湾、シンガポール系メディアの記者が中心とはいえ、王丹を含めた「中国人」同士がタブーなしで政治について語り合うさまは見ていて爽快ですらあった。聞けば、王丹は決して個人で活動しているわけでなく、ほかの亡命した民主活動家らとともに「王丹チーム」をつくっているのだという。元学生リーダーの中には、長く続く流浪の生活に絶え切れず精神を病む人物もいる。そんな中、自らを律してハーバード大学の博士号を取得するだけでなく、それぞれが「お山の大将」になりがちな元学生リーダーたちを統率して民主化運動を続ける――王丹がこの23年間を無為に過ごさなかったことは明らかだ。

 翻って、自分の23年間はどうだったろうか?

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

本日7月18日発売Newsweek日本版最新号のコラムTokyo Eyeで歌舞伎町案内人の李小牧氏が王丹来日と中国の民主化運動について独自の視点で書いています。

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国の再利用型無人宇宙船、軍事転用に警戒

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story