コラム

鈴木宗男の10年、日本の10年

2010年12月07日(火)14時26分

 鈴木宗男氏を初めて見たのは2000年6月の総選挙だった。当時自民党総務局長だった鈴木氏は、自民党と連立を組んでいた保守党の故中西啓介の出陣式に出るため和歌山市にあった選挙事務所にやって来た。

 防衛庁長官まで務めたベテランなのに、経済事件や家族のスキャンダルで満身創痍だった中西は無所属の新人に追いまくられ、「おそらく落ちる」が和歌山政界の一般常識だった。出陣式の様子でその趨勢を確かめようと隣のビルの階段の踊り場から見ていると、背は小さいがピョコピョコとやたら元気に動き回る男が何度も中西の事務所前を横切る。その傍らにはなぜか長身で背広姿の黒人男性。それが鈴木氏(と秘書のムルアカ氏)だった。

「あれはえらくなる人やで」と、踊り場で同じように事務所前を見つめていた中西の秘書の1人が言ったのを今も鮮明に覚えている。田中派、竹下派の流れをくむ小渕派売り出し中のホープとして、その存在に注目が集まり始めた時期だった。確かに演説はエネルギッシュ、聴衆を引き付ける人間臭さも十分。何より頭の回転の速さと政治家としての凄みが、30メートル離れた階段の踊り場にまで伝わってきた。

 その後、鈴木氏は周知のとおり田中真紀子外務大臣とのバトル、ムネオハウス疑惑と別件のあっせん収賄容疑での逮捕・起訴、佐藤優氏の「国策捜査」批判による援護射撃と新党大地代表としての政界返り咲き......と、浮き沈みの激しい怒涛の10年間を送った。鈴木氏のこの10年は、日本のこの10年の歩みとシンクロしている。

 01年に小泉政権が誕生したあと鈴木氏が「国策捜査」によって排除されたのは、一部外務省官僚との関係悪化で始まったバッシングがきっかけだった。しかし「鈴木宗男」をメーンストリームから押し出そうとした政治闘争の本質は、「小さな政府vs大きな政府」という経済政策論争にあったはずだ。

「聖域なき構造改革」を掲げた小泉政権が目指したのは、突き詰めれば「天は自ら助くる者を助く」的社会の実現。「人に頼るのではなく、まず自分が頑張ることで経済(そして社会)はよくなる」という考えだ。対する鈴木氏の小渕派(のちに橋本派)はバラマキ型政治の総本山。バラマキというと言葉の響きは悪いが、要は「どうしても弱い者は生まれるから、そういう人は社会全体で助けるべき」という思想といってもいい。

 鈴木氏とともにニューディール的政策を排除した小泉政権だが、5年間進めた「自力更生路線」は痛みに耐えかねた日本社会の猛反発を受け、その後の鈴木氏の「復権」と歩みを合わせるように、安倍、福田、麻生政権と徐々に軌道修正を余儀なくされた。公共事業中心でもなく市場万能主義でもない「第3の道」を目指す民主党に政権交代してもトンネルの出口は見えず、その苛立ちから「構造改革アゲイン」的な空気がまた日本社会に流れ始めている。

DSC_0106revised].JPG
(c)Nagaoka Yoshihiro

 12月6日午後1時過ぎ、収監のため出頭する鈴木氏を東京高検前で見た。10年ぶりに見る鈴木氏からはすっかり以前の脂ぎった感じが消え、病気のせいもあるだろうが、長い闘争で疲れ切っているように見えた。服役は未決拘留期間を除いた1年半程度になると見られている。ただその後5年間公民権が停止されるから、最速で政界復帰できたとして69歳。その影響力は限定的だろう。

「今日の朝ごはんは何ですかっ?!」というある意味すごい最後の質問に答えないまま、鈴木氏は高検の玄関に消えた。時代は再び「鈴木宗男なもの」を押し流そうとしている――今回の収監劇がその象徴のように思えてならなかった。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ステーブルコイン、決済手段となるには当局の監督必要

ワールド

ガザ支援船団、イスラエル封鎖海域付近で船籍不明船が

ビジネス

ECB、資本バッファー削減提案へ 小規模行向け規制

ビジネス

アングル:自民総裁選、調和重視でも日本株動意の可能
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけではない...領空侵犯した意外な国とその目的は?
  • 3
    【クイズ】身長272cm...人類史上、最も身長の高かった男性は「どこの国」出身?
  • 4
    なぜ腕には脂肪がつきやすい? 専門家が教える、引…
  • 5
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 6
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 7
    通勤費が高すぎて...「棺桶のような場所」で寝泊まり…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    10代女子を襲う「トンデモ性知識」の波...15歳を装っ…
  • 10
    アメリカの対中大豆輸出「ゼロ」の衝撃 ──トランプ一…
  • 1
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 10
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story