コラム

サービス依存症が日本をダメにする

2010年11月01日(月)00時37分

 通勤途中でいつも立ち寄るベローチェの店員さんたちはすごい。Lサイズのブレンドコーヒー210円の客なのに、まるで銀座あたりの馴染みのバーに来たみたいだ。こちらの好みがブラックで、レシートという紙ゴミは見るのもいやなくせに袋は手提げが欲しい、ということを覚えてくれている。

 ベローチェに限らず、近頃の日本のサービス業では安かろう悪かろうの常識は通用しない。しばらく前から既にかなり腰が低くなっていたタクシーは、今や走るホテルのよう。スーパーサルーンなどのいい車を使った黒塗りが増えて乗り心地も快適になっている上、ワンメーターでもイヤな顔一つしないどころか執事並みに丁寧だ。先日は710円の料金に1000円札を出したら300円のお釣りをくれた上に、「十円玉が不足しているものですから申し訳ございません」と謝られてしまった。

 安いのにVIP待遇。サービスの受け手としてはこたえられない。こたえられないから増長する。ベローチェの次に寄るローソンでは、レジに列ができると即座に別の店員が駆けつけてもう1つのカウンターを開けてくれる。だが並びのセブンイレブンではそれをしてくれないので、2度と行かなくなった。年中無休のレストランチェーンや居酒屋チェーンに慣れたせいで、たまに行った店が定休日だったりすると理不尽に感じて腹を立てる。サービス依存症だ。

 だが依存症は消費者全体の傾向で、しかもそれを煽っているのはサービス業界のほうだというフシがある。ある中堅スーパーで働く友人によると、スーパーの業界団体は今通称「レジ試験」なるものを全国に展開しようとしている。試験の内容を聞くと、レジ試験といよりまるで女優のオーディション。実技試験では試験会場に置かれたレジの前に立ち、試験官を相手に接客する。バーコードのスキャンの速さを秒単位で測るなど技術面も問われるが、もっと大事なのは「笑顔とアイコンタクト」、「明るい声とイントネーション」。目をカァっと見開き口角を上げて「いらしゃいませ~!」 

 これが3級で、2級になると客が2人に増える。後ろにお客様が待っているときは、愛想はそのままでもより素早く接客しなければならない。1級になると、そこにクレーム対応が加わる。

 友人は昨年初めて会社負担で受験したが、今年は個人負担で受験を奨励された。検定料は1万6000円。ただでさえ忙しいのに睡眠を削って受験勉強したようだ。小売り全体が売り上げも伸びず、まして利益も上がらないなか、なぜここまでするのか。「価格競争が限界に達した」からだと、業界団体のホームページにはある。「ホスピタリティー」というハイカラな言葉も見える。値下げ競争が行き着くところまで行き着いて、サービスで差別化を図るしかないということだろう。

 だが一個何十円~何百円の商品を扱う商売で、執事や女優並みの演技を磨いても、かつて日本だけの悪習と批判された「過剰包装」と同じでムダなのではないだろうか。しかもすべてのスーパーやコンビニが一斉に同じ接客競争を始めたら、教育コストは上がり消費者は付け上がるという不毛のスパイラルに陥りそうだ。過剰サービスの安売りチェーンが日本の新たな輸出品になりうるのなら別だが、そこまで極めて欲しいと思うのは日本人だけのガラパゴスなのではないか。

 どうせ競争をするなら過剰サービスではなく、地元の酒店ではコストが高過ぎて続けられない独居老人への宅配サービスなど、本当に必要とされているものを実現させるために知恵を絞ってほしい。価格競争がだめならサービスで、というのは不毛だし短絡的過ぎる。

 いつか210円のVIP待遇やホテル並みのワンメーター・タクシーを失う日がくるとしたら、今の快適さが失われ、イラついたりもすると思う。だがもしそれが景気がよくなって外食も小売りもタクシーも必要以上に客にへつらわなくてもよくなったせいだとしたら、そのほうが今よりは健全だろう。

──編集部・千葉香代子

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ブラジル中銀が金利据え置き、2会合連続 長期据え置

ビジネス

FRB議長、「第3の使命」長期金利安定化は間接的に

ワールド

アルゼンチンGDP、第2四半期は6.3%増

ビジネス

米大手銀、最優遇貸出金利引き下げ FRB利下げ受け
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story