コラム

200年間縮んだ中国

2010年06月15日(火)18時21分

「世界経済の成長史1820-1992年」という題名を聞いて、この本を買いたくなるのは専門家かよほどの物好きだろう。しかしこれが、なかなか面白そうなのだ。著者アンガス・マディソンはOECD(経済開発協力機構)のエコノミスト。4月に83歳で亡くなったので、ある経済学者がその功績を少し話してくれた。

 イギリス人のマディソンは、過去のGDP(国内総生産)推計だけに生涯を捧げた学者だったという。世界各国の経済規模と人口を追って、なんとキリストの時代まで遡ってしまった(「経済統計で見る世界経済2000年史」)。本を読んでいないので推測だが、経済統計の作成もここまでいくと『ダビンチ・コード』以上の博識と推理が求められたに違いなく、ロマンに満ちた研究だったのだろう。

 マディソンに2000年も時を遡らせたのは、ローマ帝国の1人当たりGDPはいくらだったかという純粋な知的好奇心の他、豊かな国と貧しい国の歴史的な興亡の背景を探ることで貧困をなくしたい、という現実の使命感だったようだ。

 たとえば中国。マディソンによれば1300~1820年の中国は、世界経済のスーパーパワーだった。1820年の人口(約1億人)と経済規模は、共に3分の1近くに達し欧州を上回っていた(3位の経済大国はインドだ)。だがその後は、マディソンの統計を基にしたグラフに見るように衝撃的だ。GDPはまるで急激に収縮し、1960年代前半には中国経済が世界に占める比率はたった4%まで落ちてしまう。アヘン戦争から日本の侵略、共産主義革命と激動の時代だったことに加え、外国との貿易に後ろ向きで革新も生みにくい経済体制を取ったことが貧困化を決定付けたようだ。

 だがその後、中国はとうに閉鎖経済であることを止めている(完全開放とはいえないが)。中国共産党のエリートも、きっとマディソンの大著を読んで世界一の経済大国の座を取り戻す決意を新たにしてきたに違いない。700年前まで遡ってそのポテンシャルを見せられると、世界一の中国がよりリアルに感じられる。

 翻って日本は、「郵政国有化」とか農家の個別所得補償制度とか、数百年先どころか孫子の代の繁栄、いや生き残り、さえ考えていないような政策が大手を振って歩いている。だが嬉しいニュースもあった。長妻昭厚生労働大臣が「子ども手当て満額支給は困難」と認めたことと、世論調査で過半数の日本人がそれに理解を示したことだ。これこそ、目先の欲得ではなく、生き残りを最優先した政策だし世論のような気がするからだ。

──編集部・千葉香代子

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米安保戦略に反発 台湾問題「レッドライン」と

ビジネス

インドネシア、輸出代金の外貨保有規則を改定へ

ワールド

野村、今週の米利下げ予想 依然微妙

ビジネス

中国の乗用車販売、11月は前年比-8.5% 10カ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story