コラム

マグロ騒動に隠れた象牙のお話

2010年04月01日(木)20時00分

 えっ、トロが食べられなくなる日も近い? とヤキモキしたけど、結局クロマグの禁輸案は否決されて、ワシントン条約締約国会議は閉幕した。

 日本ではマグロ騒ぎであまり取り上げられなかったけど、この同じ会議で象牙の禁輸についても話し合いが行なわれていた。

 象牙の輸出入はアフリカゾウの激減を受けて1989年から原則禁止されているが、タンザニアとザンビアが在庫として抱えている分の輸出を認めてほしいと申請。しかし密猟や密輸を助長するとの懸念から否決された。象牙を買うのは、印鑑に使う日本や中国だ。

 このニュースで思い出したのは、「世界が尊敬する日本人」特集で3年前に取材した神戸俊平(64)さん。ケニアでアフリカゾウの保護に尽くしている獣医さんだ。

「昔は人間とゾウが仲良く共存していたんだが」とちょっと寂しそうに、アフリカゾウの保護区への大移送作戦や密猟問題について語ってくれた。

 貧困と密猟問題は密接に関係しているとの考えから、スラムの子供たちを支援するのにも熱心だ。学校に通わず、放っておけば、かっぱらいをしたり女の子なら売春をして空腹を満たす子供たちを集め、給食を出し国立公園に連れて行って野生動物の大切さを教える。

「スラムの子たちはスラムから出ることもなく、自分の国にゾウやライオンがいるというイメージがないままギャングとかになって密猟に加担してしまう。小さいうちに動物と触れ合うことで、君たちの国はこんなに素晴らしい国なんだよと伝えたい」

 もう30年以上ケニアで暮らしているので「そこいらの若いケニア人よりケニアの歴史知ってますよ。お前の部族のこういう代議士が、こういうことやってたんだぞって教えてやることも」と、にっこり。首都ナイロビの人たち、そしてよく家畜の無料診療に行くマサイ族の人たちから「ダクタリ」(スワヒリ語でドクターの意味)と呼ばれ、頼られ親しまれている。

 これから寿司を食べるときにあのクロマグロ問題を思い出す人も少なくないだろう。同じように、ハンコを押すときや新しいのに買いかえるとき、アフリカゾウのことを少しでも思ってくれたら、ダクタリもきっと喜んでくれる気がする。

──編集部・中村美鈴

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

ムーディーズ、フランスの見通し「ネガティブ」に修正

ワールド

米国、コロンビア大統領に制裁 麻薬対策せずと非難

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 6
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 7
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story