コラム

ウッズ、新CMに漂うイヤ~な感じ

2010年04月10日(土)01時44分

 タイガー・ウッズのツアー復帰初戦となるマスターズ・トーナメントが4月8日に開幕。タイガーはもちろん、ファンもいい加減にゴルフの話題に集中したいところだが、お騒がせな場外乱闘はまだまだ続きそうだ。

 まずは開幕の前日、ウッズが近所に住む少女に以前から目をつけており、彼女が21歳のときに関係をもったと、米メディアが相次いで報じた。ただし幸か不幸か、いまさら浮気相手がもう一人増えたところで、大した話題にはならない。

 それよりも議論を巻き起こしているのは、同じくマスターズ開幕前夜に、大手スポーツ用品メーカーのナイキがスポーツ専門チャネルESPNなどで放映した30秒のテレビCMだ。

 白黒の画面の中、タイガーは神妙な表情でじっとカメラを見据えるだけ。その背後から、2006年に亡くなったタイガーの父が「タイガー、いろいろ聞きたいし、話し合いたい。お前が何を考えていたのか、何を感じているのかを知りたい。お前は何かを学んだか」と語りかける。そして最後は、お馴染みのナイキのロゴマークが登場する。

 ウッズはマスターズ初日のラウンド後に、「大きな存在だった父を亡くした経験のある息子なら誰でも、このCMを理解してくれると思う」とコメントした。だが、メディアやブロガーたちの反応を見るかぎり、評判は散々。多くの記事でcreepy(ぞっとする、虫唾が走る)という形容詞が、枕詞のように使われている(例えば、ここここ)。

 嫌悪感の一因は、スキャンダルを金儲けの道具に使うナイキのえげつない商魂だろう(実際、PR効果は抜群で、グーグルの検索件数ランキングでも上位に躍り出た)。

 ただ、スポンサー企業が広告塔であるスポーツ選手を利用するのは、当然といえば当然のこと。CMを見て多くの人がなんとなくイヤな感じを受ける最大の要因は、イメージ回復のために亡き父のCM「出演」に同意したウッズへの不信感のようだ。ニューヨーク・タイムズは「個人的なメッセージを伝えるだけでなく、ナイキのゴルフ用品を宣伝するために父の言葉を流用することに、なぜ息子は同意したのか」と疑問を呈している。

 もっとも、大抵の記事はウッズへの批判一辺倒ではなく、行間からはむしろ、ゴルフでの健闘を純粋に応援したいのに、そうできない状態をつくるウッズへの戸惑いが伝わってくる。

 ロサンゼルス・デイリー・ニュース紙のトム・ホファース記者は、ブログでこう嘆いている。「タイガーは世間の疑問に答え終わった瞬間に、新たな疑問に答えなければならない立場に自ら身を置いた。なぜ今こんなCMを作ったのか、なぜ父親の音声が発掘されたのか(家族を守ることを最優先すべき時のはずなのに)、そして、ゴルフと関係ない問題を販促キャンペーンに利用しているのではないかという疑問だ。タイガーはなぜ、ただ黙ってゴルフに復帰しないのだろう。死んだ父に叱られ、何を伝えたいのかわからないと視聴者を戸惑わせる、可愛そうなタイガー」

 フロリダ・タイムズ・ユニオン紙もウェブ上のコラムで「プライバシーをできるだけ守りたいのなら、このやり方はありえない」と指摘。「メディアをさらに混乱させている。個人的な悲劇についての質問には答えられないのに、悲劇を利用して金儲けをするのはOKなのか」
 

──編集部・井口景子

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

韓国クーパン、顧客情報大量流出で11.8億ドルの補

ワールド

尹前大統領の妻、金品見返りに国政介入 韓国特別検が

ビジネス

日経平均は反落、需給面での売りが重し 次第にもみ合

ビジネス

午後3時のドルは156円前半、年末年始の円先安観も
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story