コラム

短編映画「Fitna」がえぐる傷の深度

2010年03月27日(土)11時00分

 3月5日、イギリス議会周辺に200人規模の抗議デモ隊が集まり大変な騒ぎになった。オランダ人政治家ヘルト・ウィルダースが議会を訪れたからだ。

 ウィルダースはこれまで一貫してイスラム教と予言者ムハンマドを批判し続けているオランダの国会議員だ。彼の極右政党・自由党は現在、下院で150議席中9議席を持つ。今回、自ら製作した映画「Fitna(フィトナ)」をイギリスの上院内で上映するために議会に招かれた。

 この映画は、イスラム教を完全否定する内容で物議を醸している。17分の短編映像だが、コーランの抜粋や欧米人の処刑やテロの様子などが映し出されるなど、内容はかなり過激だ。

 フィトナの映像を見てあるビデオを思い出した。以前、パキスタンでの取材の過程で、イスラム原理主義勢力パキスタン・タリバン運動(TTP)がメンバーを教育するために制作した内部ビデオを、TTP関係者から入手した。

 フィトナとは対極にあるその反欧米ビデオは、比較にならないほどの残酷なシーンが続く。動画にはブッシュ前大統領や小泉純一郎元首相などの写真が映し出され、アメリカの圧力によってTTPの掃討作戦を実施するパキスタン軍の兵士が、過激派に拘束され、尋問され、生きたまま次々と首を落とされる。生々しい一連のシーンが続く。

 フィトナの上映終了後、今回の上映会は表現の自由の勝利だとし、イスラム主義が増えるほど自由は失われると語った。さらにイギリスがイスラム国家からの移民を禁止しなければ、イギリスは「ロンドニスタン(アフガニスタン、パキスタンなどをもじった呼び名)」になってしまうとも警告した。

 オランダでは、バルケネンデ首相率いる連立政権崩壊によって、6月9日に総選挙が行われる予定。その前哨戦と見られていた3月3日の地方選挙で自由党は躍進し、首相を目指していると言うウィルダースは、「フィトナ」の第2弾を総選挙後にリリースすると先日発表したばかりだ。

 どちらもそれぞれの主張を流布するために作られた映像だ。2つを単純に比較することはできないが、ただ大きな違いは、タリバンのビデオは「侵略者」への抗議であり、欧米の文化や宗教を否定したものではないことだ。これは他のイスラム主義者のビデオも基本的に同じだと言える。

 一方で、ファトナは、イスラム教とその聖典コーランを全否定している。1度でもイスラム教徒が多く住む国や地域に行ったことのある人ならわかると思うが、イスラム教は人々の習慣、文化に深く根付いている。つまり、受ける打撃の質と深さは比較にならないといえる。映像そのもの以上にその衝撃度は大きい。

 殺人、またそれを見せしめにするのも正当化されることはない。だが違和感を感じざるをえない。そこを考えない限り、欧米諸国はイスラム諸国が相互理解のために求める「RESPECT」に応えることはないだろう。そこを理解しようとしない限り、どのイスラム教国とも本当の対話は進まないはずだ。

――編集部・山田敏弘

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story