コラム

「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイランは想定していたか──大空爆の3つの理由

2024年04月17日(水)19時30分

こうしたなか、なぜイランは “成果が乏しい” と見込まれる攻撃にあえて踏み切ったのだろうか。

そこには主に3つの理由があげられる。

①「報復と懲罰」というメンツ

今回の空爆の直接的な理由は「報復と懲罰」だった。

シリアの首都ダマスカスにあるイランの施設が4月1日、イスラエルにより空爆されて7人の死者を出したが、このなかにはイラン革命防衛隊の高官2人も含まれていた。

その一人ザヘディ将軍は昨年10月7日のハマスによる大規模な攻撃にも関与していたとイスラエル当局はみている。

革命防衛隊はイランの正規軍ではなく政府直属の武装組織で、レバノンのヒズボラをはじめ各地の反イスラエル勢力に対する支援の中核にあるとみられている。

革命防衛隊の高官が死亡したことを受けてイラン世論は激昂したが、これまで反米、反イスラエルを叫んできた手前、イラン政府もこうした世論を無視できず、「懲罰」を宣言していた。

こうした文脈で読み取れば、前例のない規模の空爆の一因には、イラン政府の国内向け「メンツ」があげられる。

ほとんどのドローンやミサイルが撃墜されながら、イラン政府は攻撃を「成功」と宣伝している。

もっとも、これを真に受ける市民ばかりではなく、イラン政府はあくまで政権支持者に向けてアピールしているとみた方がいいだろう。

②イスラーム世界での存在感

第二に、イスラーム各国をイスラエル封じ込めに巻き込むことだ。

ほとんどのイスラーム各国はガザ侵攻をめぐってイスラエルを批判しているが、実際には経済取引の制限すらほとんどしていない。サウジアラビアはイスラエルとの国交正常化交渉の最中で、ガザ侵攻があっても基本的にその方針は維持されている。

「パレスチナ支持」の大合唱とは裏腹に、ほとんどの国はイスラエルとまともにやり合うリスクを避けているのだ。

こうしたなか、イランの最高指導者ハメネイ師は4月11日、イスラーム各国政府に向かって「イスラエルへの対抗」を呼びかけた。

つまり、前例のない規模の空爆で緊張を高めることにより、イランはイスラーム各国に協力せざるを得なくさせようとしているとみられる。

昨年10月7日、ハマスは大規模なイスラエル攻撃を行ったが、それまでにないインパクトによってイスラーム各国を引き込もうとした点では基本的に同じといえる。

イランによる空爆は、少なくともイスラエル軍の猛攻にさらされるガザでは、英ロイターによると、イランによるイスラエル空爆が概ね歓迎されている。

イスラーム世界でも、イランによるイスラエル空爆を政府レベルで歓迎する国は、ほとんどない。実際、サウジアラビアやエジプト、トルコなども「緊張のエスカレートへの懸念」を表明している。

それでも、どの国もイランの動向を無視できなくなったという意味で、前例のない規模の空爆による政治的インパクトを見出すことができるだろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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