コラム

米国のインフレ上昇と悪い円安論の正体

2022年01月28日(金)18時03分

岸田政権下で日本経済は再び長期停滞期に戻るのか...... Yoshikazu Tsuno/REUTERS

<本来であれば米英で現在起きているインフレ上昇は、金融財政政策をしっかり行えば日本のデフレは克服することができる、ことを示す事例だが......>

2021年まで3年連続で大きく上昇していた米国の株式市場は、2022年最初の取引日こそ最高値を更新したが、その後に急落した。S&P500指数は1月24日のザラ場において、最高値から約12%下落しており、米国株市場の様相は大きく変わった。米国株の急落を受けて、日経平均株価は27日には2020年12月以来の最安値である26000円台まで大きく下落している。

FRBが急ピッチに引き締め政策を行う可能性

FRB(米連邦準備理事会)が利上げを早期に開始する姿勢を昨年末から強く打ち出していることが、米日の株価下落を引き起こしたとみられる。そして、FRBの方針転換の背景には、バイデン政権からのインフレ沈静化要求に応えたことがあろう。政治的にFRBが政策転換を行うことで、2022年は金融財政政策が双方ともに引き締め方向に作用する。

インフレ抑制のための政策対応が必要だが、それが成功するかどうかが問題である。コロナ後に起きた米国のインフレ率の上昇を、今後金融政策によって適度に調整するのは難易度が高く、引き締め政策が結果的に行き過ぎると筆者は予想している。特に政治的な要請に基づき行われている急ピッチな引き締めは、判断ミスを引き起こす可能性が高いだろう。

コロナ後に中銀が株式市場など金融市場に供給していたマネーが逆流することになるが、これは経済活動にもブレーキをかける。そして、改善していた米国企業業績が悪化に転じると予想される。このため、昨年12月の時点で、米国株の先行きに関して筆者は慎重な見方を強めていた。

1月26日に結果が公表されたFOMC(連邦公開市場委員会)では、「利上げは近い時期に適切になる」と、事実上の次回3月FOMCでの「利上げ予告」が行われた。政策金利とともに引き締めの手段であるバランスシート政策については、利上げ後にバランスシート縮小開始を検討する方針が正式に示された。一方で、利上げやバランスシート縮小のペースについて、パウエル議長は具体的に言及しなかったが、今後の経済、インフレ情勢を踏まえて操作していくということである。

パウエル議長の発言を含めて、FOMCで示された声明文などは総じて予想通りであり、筆者にとって新たな情報は少なかった。ただ、FRBが急ピッチに引き締め政策を行う可能性が、相当程度あり得ることが改めて確認され、FRBのハト派転換を期待していた市場関係者の期待が裏切られた、ということかもしれない。

なお、パウエル議長を含めたFOMCメンバーは、現状年4回程度の利上げを想定しているとみられる。ただ、FRBが想定通りに利上げを行うかどうかは経済、インフレ情勢次第である。3月FOMCで予告通り利上げを行った後に、米国経済の成長率の減速などを受けてFRBは再度方針を転換して利上げ政策を一旦ストップするとみられ、2022年の利上げ回数は2回程度にとどまると筆者は予想している。

日本は、低インフレの状態から抜け出せていない

コロナからの経済復調局面の米国では、1980年代以来の高い水準までインフレ率が大きく上昇した。他の先進国でも、英国、ニュージーランド、カナダでもインフレ率上昇が目立つが、これらの国においてコロナ対応で繰り出された金融財政政策の景気刺激効果がかなり大きかったことが一因である。

また、1990年代後半から先進国ではインフレが政策当局者にとって問題にならずに、インフレを克服したとの見方が広がっていたが、それが妥当ではなかったことを示している。つまり、適度な大きさの財政金融政策を行えばインフレが起きる、というシンプルな命題が妥当ということだろう。

一方で、日本においては、他の先進国とは異なりインフレ上昇は限定的なままである。携帯電話通信料引き下げの分などを除いた、実力ベースのインフレ率はまだ1%にすら達してない。日本は、多くの先進国とは異なり、コロナ抑制が最重視される中で、十分な規模の金融財政政策が実現せず、低インフレの状態から抜け出せていないということである

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏首相、年金改革を27年まで停止 不信任案回避へ左

ビジネス

米ウェルズ・ファーゴ、中期目標引き上げ 7─9月期

ビジネス

FRB、年内あと2回の利下げの見通し=ボウマン副議

ビジネス

JPモルガン、四半期利益が予想上回る 金利収入見通
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 5
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story