コラム

深読みしても無駄? 究極的に変な映画、森田芳光『家族ゲーム』は実験とエンタメの融合作

2021年09月16日(木)18時45分
『家族ゲーム』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<伊丹十三演じる父親の目玉焼きの食べ方、家庭教師を演じる松田優作の奇妙な登場シーン──意味不明なシーンだらけなのに、その全てが作品と調和している。それも見事に>

大学の映画研究会に所属して8ミリ映画を撮っていた頃、数年上の世代は自主制作映画世代とよく呼ばれていた。大手映画会社に所属して助監督や制作進行助手から始めて監督を目指すというコースがそれまでの選択ならば、8ミリや16ミリで撮った低予算の映画を発表してから商業映画に監督として進出するというコースを選択した世代だ。この時期に急激に増えた理由の1つは、8ミリ映画のサウンドトラックが開発されて同時録音が可能になったからだ。

もちろん、商業映画に進出するためには、その前に発表した自主制作映画が話題になることが前提だ。

8ミリで撮った自主制作映画『ライブイン・茅ケ崎』が話題になった森田芳光の商業映画第1作『の・ようなもの』は強烈だった。ストーリーらしきものは特にない。ふわふわと捉えどころがない。主演の伊藤克信も変な俳優だ。いやあれは演技なのか。演じるキャラクターに自己の内面を同一化させるスタニスラフスキー・システムの真逆。演技ではなく伊藤そのものが放つ奇妙な存在感が、映画の不思議なリズムや質感と絶妙にマッチしていた。

大ヒットとまではいかなかったが『の・ようなもの』が一部で熱狂的に支持された森田は、その後にアイドル映画を撮って監督としての懐の深さを証明し、満を持すかのようなタイミングで、究極的に変な映画である『家族ゲーム』を発表する。

伊丹十三演じる父親の目玉焼きの食べ方とか、(誰もが言及する)横に長い食卓とか、家庭教師を演じる松田優作の奇妙な登場シーン(横顔がフレームいっぱいに映されていて周囲の人の声だけが延々と続く)とか、実験映画的な要素をいちいち取り上げて詮索しても意味がない。

観る側は時としてシーンやカットを深読みするが、撮る側としてはそれほど意味付けしていない場合が多い。確かにラストの大混乱となる食卓のシーンは『最後の晩餐』をモチーフにしていると思うが、仮にそうだとしても、たぶんそれ以上の意味はない。少なくとも家庭教師は家族にとって救世主ではないし、そんな設定には映画的に豊かな意味はない。

ほかにもシュールで意味不明なシーンは多い。でもそれが全て作品と調和している。見事にはまっている。そのバランスは奇跡的だ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story