コラム

李禹煥は、どのように現代アーティスト李禹煥となったか

2022年10月24日(月)11時25分

しかし、リルケやハイデガーについて研究し、ニーチェや現象学、構造主義に興味を持つようになったことは、彼の思考に大きな影響を与えた。

さて、それほど拘りのあった文学の道だが、外国語で文章を書くことに限界を感じ、諦めて大学院に進もうとした矢先、韓国に一時帰国中の1961年5月にクーデターが起こり、すぐに日本に戻れなかったため大学院進学の道を閉ざされてしまう。

また、南北統一運動や軍事政権反対運動にも参加したが(70年代には韓国帰国中には拷問も経験している)、自身には向いていないと感じ、距離を取るようになった。そんな中、仕方なくアルバイトをしていたときに、現代アートとの出会いが訪れるのである。

彼がアルバイトをしていた日本在留の韓国・朝鮮人留学生を支援する朝鮮奨学会のビル内に「ギャラリー新宿」がオープンし、そこで石子順造、中原佑介、赤瀬川原平、中西夏之といった評論家や作家たちに出会う。

李は学生時代にも折に触れて絵は描いており、それを売って学費や生活費を稼いだりしていた。大学時代に、アメリカのジャクソン・ポロックやマーク・トビーなどの作品を本で知り、面白そうだと思い1958~59年頃に描いてみたりはしたそうだが、ギャラリー新宿での様々な人との出会いや、この頃観た展覧会でオプティカルな錯覚等を通して現実を捉え直したこと、既存の概念に対する批判の可能性を感じたことが、作品制作の直接的な契機となった。

本人いわく、1967年のサトウ画廊での展覧会が、何か考えを打ち出すという形でやった最初の展覧会で、「この時に(美術を)本格的に出来るかな」と感じ、1968年の東京国立近代美術館での「韓国現代絵画展」にピンクの蛍光塗料を用いた作品を展示した際に、「この道でなんとかやっていけるかもしれない」と思ったという。

miki202210lee-1-2.jpg

《風景I, II, III》1968/2015 個人蔵(群馬県立近代美術館寄託 写真:表恒匡)

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、代替関税率を10%から15%に引

ワールド

中国、米国産大豆追加購入の可能性低下も 関税違憲判

ビジネス

トランプ関税違憲判決、米エネ企業のコスト軽減 取引

ワールド

米USTR、新たな301条調査開始へ 主要国の大半
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 2
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官が掲げる「新しいスパイの戦い方」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 5
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 10
    揺れるシベリア...戦費の穴埋めは国民に? ロシア中…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 4
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 7
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story