コラム

出稼ぎ労働者に寄り添う深圳と重慶、冷酷な北京

2023年12月07日(木)14時25分

農村からの移住労働者を受け入れる重慶の公営団地

日本の高度成長期、すなわち都市化が急速に進展した1950年代後半から60年代にかけて、東京の近郊では大規模な公団住宅が建設され、とくに地方から東京へ就職したサラリーマンたちが多く住むようになった。私の自宅近くにある荻窪団地は1958年に竣工したが、21棟のアパートが立ち並び、875戸が入居していた。各棟の前には広々とした庭があり、児童公園も整備され、周辺には商店街もあり、1980年代までは住民も多くてずいぶん活気があった。

深圳の城中村の問題を解決するために、郊外に東京近郊にあるような公営団地を建て、城中村の住民たちもひと頑張りすれば手が届くような値段で賃貸・分譲したらどうだろうか。深圳市は東京都とほぼ同じ面積に1766万人も住んでいてすでに過密であるが、隣接する東莞市や恵州市であれば大規模な公営団地を建設する土地もあると思う。ただし、深圳市の地下鉄は東莞市や恵州市まで延びていないので、東莞と恵州から深圳へ通って仕事をするのはかなり無理がある。公共交通ネットワークを隣接市にまで延伸し、ベッドタウンを造ることを検討するべきだと思う。


実は、郊外に大規模な公営住宅を建てている都市が中国にもある。それは重慶市である。重慶市には製造業の工場が多く立地し、そこで働くために農村から多くの人々が移住しているが、そうした人々の住む場所として重慶市は2010年から4000万平方メートル以上の公営住宅を造ってきた。こうした住宅は戸籍が重慶市にあるかないか、農業戸籍か非農業戸籍かの別にかかわらず、月収が3000元以下の単身者、および合計収入が4000元以外の夫婦であれば入居できる(胡・王、2022)。公営住宅は22~33階建てと高層で、建ぺい率は22~27パーセントと敷地が広くとられている。家賃は60平方メートルの住宅でも月540~600元(1万800円~1万2000円)で、重慶市の同等の民間住宅の半分程度と格安である。

ただ、重慶市の公営住宅はコストを下げるために市の中心から14~56キロメートルも離れた場所に立地しており、バスや地下鉄など公共交通の便が悪く、通勤に70分以上かけている住民も多い。公営住宅に住んでいるのは外地出身者ばかりなので、重慶市民との交流が生まれず、周囲の社会から浮いてしまっているそうだ。公営住宅に整備したショッピングセンターは商店が入居せず、ガラガラな一方、路上で野菜を売る露天商が出現している。買い物が不便で物価が高いことは入居者の不満の種である(胡・王、2022)。一方、深圳の城中村は、アパートは狭くて危険だが、通勤や買い物の便は良い。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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