コラム

習近平は豹変する

2023年01月18日(水)15時08分

このたびの二つの大きな方針転換の政治的背景には昨年10月の党大会後に確立した習近平の独裁体制の強化があるのだと思われる。昨年11月の本コラムでも論じたように、党大会での習近平演説では「強国」や「安全」という言葉を連呼し、国家による経済や社会に対する統制を強化するニュアンスを醸し出していた。柯隆氏などは「習近平報告のキーワードをAIに調べさせた(ところ)、『改革』『開放』という言葉が入っておらず、ショックだった」と言っている(『国際貿易』2022年12月25日・2023年1月5日合併号)。もっとも、私がWordで普通に検索したところ、習近平演説のなかで「改革」は51回、「開放」は29回出てくるので、どうも氏のAIは数え方が雑なようである。

 それはともかくとして、習近平演説では改革や開放という言葉は使っているものの、何を改革するのか、何を開放するのか、という具体的な方針が見えてこなかったのは事実である。習近平演説を読んで、表面上はともかく、改革開放が実質的には止まってしまうのではないかという感想を私も持った。

 そして党大会後の人事が習近平の全面的勝利に終わった以上、中国は国家統制や国有企業の強化、民間企業の規制という方向へ突っ走り、ゼロコロナ政策にもこだわっていくのだろうと予想された。

 ところが、そうした予想を覆して、昨年12月に二つの大きな転換が行われた。ということは、習近平はもともとゼロコロナ政策に反対、民間企業振興の立場であったのだろうか。おそらくそうではないだろう。コロナ対策にしても民間企業に対する方針にしても、専門家や党幹部の間にはもともと複数の異なる意見が存在していたはずである。党内の勢力がある程度拮抗している段階では、そうした意見の違いが政争の種となり、政治家はそれぞれの意見に固執して争う。ところが、指導部が習近平のイエスマンばかりで固められた状況下では、政策方針を大きく転換しても、過去の政策の失敗の責任を問う声はどこからも上がらないので、習近平は政策を自分が思ったように転換するフリーハンドを得た。そのことがこのたびの政策の大転換に現れたのだと思われる。つまり、今回の大転換からわかったことは、習近平は豹変するということである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、米労働市場の弱さで利下げ観

ワールド

メキシコ中銀が0.25%利下げ、追加緩和検討を示唆

ビジネス

米国株式市場=下落、ハイテク企業のバリュエーション

ワールド

エジプト、ハマスに武装解除を提案 安全な通行と引き
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story