コラム

爆発する中国のAIパワー

2019年12月23日(月)17時15分

浙江省杭州市のレストランでアリペイの顔認証支払いシステムを試す消費者(2017年)

<中国共産党が初めて、「データ」を労働や資本と並ぶ「生産要素」として挙げた。これは、AIの「エサ」となりその利便性を最大限に引き出すデータのことだ。14億人のデータと起業家精神で、5年後にはアメリカに追いつくとも言われる。そこで日本は?>

今年10月末に開催された中国共産党の四中全会の決議のなかに面白い一節があった。

「労働に応じた分配を主体とし、さまざまな分配の方法も併用する。労働者、特に第1線の労働者の報酬を増やす。労働、資本、土地、知識、技術、管理、データなどの生産要素の貢献を市場で評価し、その貢献に応じて報酬を決めるメカニズムを健全なものにする。」

この一節がなぜ面白いのかを説明するためには、経済学史のおさらいに少々お付き合いいただかなくてはならない。

マルクスは労働が商品の価値の唯一の源泉だと考えた。資本家は資本を出す見返りに利益を得るし、金融業者は金を貸す見返りに利子を得るし、地主は土地を出す見返りに地代を得るが、マルクスはそれらはみな労働者が生み出した価値を搾取したものだ、と主張した。

決議文のなかで「労働に応じた分配」を強調しているのは、中国共産党が少なくとも建前上はマルクス主義を堅持していることを示している。

一方、労働、資本、土地、技術などの生産要素が生産に対するそれぞれの貢献度に応じて報酬を得るという理論は、アダム・スミスに始まり、マルサスを経て、新古典派経済学、すなわち今日の主流派経済学に受け継がれている。つまり、決議文には主流派経済学の立場に沿った一文も書かれている。

生産要素に「データ」を追加

ここまでは中国共産党の従来の立場と変わりない。なにしろいまや資本家も入党できるのだから、資本家が得る利益は搾取ではなく生産要素の提供に対する報酬だ、といわないことにはおさまりがつかない。

さて、今回の決議文の新しいところは、生産要素のなかに「データ」が入っていることである。データが労働、資本、土地と並ぶ生産要素だとはおそらくどの最新の経済学の教科書にも書いていないと思う。つまり、上記で引用した決議文には古典的なマルクスの経済学と、未来の経済学とが同居しているのである。その意味でこの決議文は実に面白い。

いや「データは21世紀の石油」というフレーズは昨年ぐらいから日本の新聞や政府の報告書にも頻繁に出てくるので、決議文には別に目新しいことは書いていないのではないか、と指摘する人もいるかもしれない。

しかし、石油や資源はふつう生産要素とはみなされない。というのは、石油はそれを掘る機械などに投じられた資本、採掘に従事する労働者、油田がある土地、採掘の技術、といった本源的な生産要素が組み合わさることで生み出される製品であり、製品は生産要素には入らないのである。一方、上記の決議文はデータを本源的な生産要素の一つとして挙げている。やはりこれはとても新奇な観点だといわざるを得ない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story