コラム

経済産業省のお節介がキャッシュレス化の足を引っ張る

2018年09月12日(水)20時00分

一方、QRコード決済の場合は、端末を導入するコストが低いだけでなく、決済手数料を当面ゼロにするとうたっている業者もいる。なので、あとは街のラーメン屋さんや個人タクシーにまで地道な営業活動を続けていけばいつかはきっと普及すると思う。

もちろん言うは易し行うは難しである。中国のアリペイの場合、3つのレベルの代理店があって、これが全国津々浦々にまでアリペイのネットワークを広げている。第一レベルは、「アリペイISV(Independent Software Vendor)」と呼ばれる代理店で、支払いシステムを開発してアリペイに接続し、これを小売店などに売り込む。このレベルに入れる企業は数十社程度である。第二レベルは、「アリペイ・サービサー(服務商)」と呼ばれる代理店で、こちらはアリペイの提供するシステムを小売店などに置いてもらい、開拓した顧客数や利用額に応じて手数料を受け取る。このレベルは競争が激しく、淘汰される業者も多いらしい。第三レベルは、アリペイISVのアプリケーションを小売店に売り込む代理店で、中小企業や自営業の業者もいる。こうした三段階の代理店ネットワークによる膨大な営業活動を推進させる原動力は、アリペイの利用額に応じて得られるコミッションや、顧客数に応じてアリペイから代理店に支払われる奨励金である。

規格統一は護送船団のため?

もしQRコード決済の規格統一が実現すると、営業努力を続けるインセンティブが大きく損なわれてしまう。なにしろラーメン屋の主人を説き伏せて壁にQRコードのステッカーを貼ってもらったとしても、客がそれを利用して他社のシステムを利用した支払いをするかもしれないのである。すなわちフリーライドの問題が起こる。仮に経済産業省の推し進める統一規格に10社の決済事業者が相乗りしたとするならば、十中八九他社にフリーライドされてしまうので、どの事業者もバカバカしくて営業費用なんか負担したくないだろう。もっとも、それでも「お客がどの決済事業者を利用しても小売店にシステムを売り込んだ代理店には一定割合で手数料が入る」というような契約を代理店と小売店の間で結ぶことができるのであれば、代理店によってそれなりに営業活動が行われる可能性があるが、決済事業者自身が奨励金をつぎ込む場合に比べれば、だいぶ弱弱しい営業になるであろう。

もしかしたら経済産業省はフリーライドの問題を避ける秘策をお持ちなのかもしれないが、ふつうに考えれば、「規格統一」は経済産業省の意気込みとは裏腹に、むしろQRコード決済普及の足を引っ張るお節介のように思える。

もっとも、これが単なる「お節介」なのか、私は若干疑問を持っている。QRコード決済に名乗りを上げた面々を見ると、新興ネット企業もあればメガバンクもあり、「キャッシュレス推進協議会」の役員にも重厚な大企業が名を連ねていて、果たして規格統一の話がすばやくまとまるのか疑問である。すでにサービスを始めている企業は、早く営業活動を進めたいと思っているだろうが、規格統一の前に抜け駆けすることに対して「推進協議会」から待ったがかかるかもしれない。税制優遇や補助金にもかかわるので政府が立ち上げた「推進協議会」に逆らうわけにはいかない。結局、規格統一を実現するために、最も遅い事業者の準備が整うまでQRコード決済システムの積極的な営業活動が自粛させられるのではないだろうか。

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プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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