コラム

経済産業省のお節介がキャッシュレス化の足を引っ張る

2018年09月12日(水)20時00分

ウィーチャットペイとアリペイのQRコード支払いを受け付けます、というサイン(今年5月、シンガポール) Edgar Su-REUTERS

<このままでは日本はおサイフケータイとともに「キャッシュレス文明」に乗り遅れると、日本政府も本気でQRコード決済の普及に取り組みはじめた。QRコードはローコストで中小商店でも導入しやすい。ただ1つ、日本の行政が余計なことをしなければ>

日本政府がキャッシュレス化に前のめりで取り組んでいる。

経済産業省が今年4月に発表した『キャッシュレス・ビジョン』では、日本が電子マネーの開発と導入では世界の先頭を走っていたはずなのに、いつのまにか発展途上国にも先を越され、このままでは世界の「キャッシュレス文明」に乗り遅れてしまう、との焦りが表明されている。

このビジョンによれば、2015年時点での各国におけるキャッシュレス決済の比率を比べると、韓国が89%、中国が60%、アメリカが45%、インドが38%なのに対し、日本はわずか18%にとどまっているという。経済産業省は2025年にはこの比率を40%に、将来的には「世界最高水準の80%を目指していく」としている。

そのための方策として産官学を結集した「キャッシュレス推進協議会」を設けてオールジャパンでキャッシュレス化を促進していくのだという。さらにキャッシュレス化の基盤を作る事業者には補助金を提供し、キャッシュレス決済を導入する中小企業には減税をする、とまで言っている(『日本経済新聞』2018年8月21日)。これを受けて、総務省はどこかの県を選んでQRコードを使ったモバイル決済の実証実験をするという。

ハイスペックのおサイフケータイに固執し過ぎた

〇年までに〇%達成、という数値目標を掲げ、税制や補助金を動員し、特定地域で実験するなんてまるで中国のようだが、これまでのように市場に任せているだけではキャッシュレス化の低迷を脱することができない、という日本政府の危機感が現れている。

日本が電子マネーの導入で世界に先行しながら、キャッシュレス化がなかなか進まない理由については以前このコラムで論じたが、その一つは、日本の産業界が、電子マネーの媒体としてFeliCaなどの非接触型ICカード、およびそれを携帯電話に搭載した「おサイフケータイ」という技術に固執しすぎたことである。

日本ではつい最近まで微弱な電波を送受信するICカードやICタグこそキャッシュレス社会を実現する鍵となる技術だと信じられていた。経済産業省だって、つい今年2月にもICタグを利用した無人コンビニの実証実験を世耕大臣自らがアピールしたばかりだ。だが、ICカードもICタグも結局コストが高いという弱点をいつまでも克服できないため、駅の改札とコンビニまでは普及したが、そこから先への普及がなかなか進まない。

その点、中国で広まった電子決済の仕組み、すなわちQRコードをスマホに表示したり、スマホで相手のQRコードを読み取る方法は、もともと人々がスマホを持っていることを前提とすれば追加的コストは非常に低い。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは156円前半、年末年始の円先安観も

ワールド

米・ウクライナ首脳会談、和平へ「かなり進展」 ドン

ビジネス

アングル:無人タクシー「災害時どうなる」、カリフォ

ワールド

中国軍、台湾周辺で「正義の使命」演習開始 実弾射撃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story