コラム

遼寧省(の統計)に何が起きているのか?

2017年03月01日(水)16時00分

そこで遼寧省の2015年の統計数字から遼寧省の苦境の原因を探ってみよう。

まず、産業別でいえば鉱工業の不振が遼寧省経済の足を引っ張っていることは明らかである。2015年に鉱工業の生産額が大きく減少したが、この減少分に対する各産業の寄与率を調べたところ、最も大きかったのが鉄鋼業(11%)、次いで一般機械産業(10%)、農副食品加工業(9%)、非金属鉱物製品製造業(8%)、鉄鉱石採掘業(7%)などの寄与率が大きかった。計画経済時代から遼寧省経済の屋台骨であった鉄鋼と機械が大きく揺らいでいる。

鉄鋼業に関していえば、以前このコラムで取り上げたように、河北省の鉄鋼業が民営企業の勃興によって活気づいているのに対して遼寧省の大型国有鉄鋼メーカーは停滞感が濃厚である。遼寧省の大型国有鉄鋼メーカーと言えば鞍鋼集団や本渓鋼鉄のように従業員が10~20万人もいて、それ自体が一つの都市であるかのように地域において圧倒的な存在感を持っており、そうした企業の経営状況が悪化すると地域経済全体が沈滞するようになる。

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表では、遼寧省の大型国有鉄鋼メーカー2社(鞍鋼集団、本渓鋼鉄)と、昨年12月に私が訪問した河北省唐山市の民営メーカー2社、そして中国の代表的な国有鉄鋼メーカーである宝鋼集団、武漢鋼鉄を比較してみた。従業員一人あたりの粗鋼生産量を比べると民営2社の効率の良さと、遼寧省の国有2社の効率の悪さは明らかで、労働生産性に3~7倍もの差がある。これでは競争しても勝てるわけがない。

遼寧省は中国版ラストベルトか

2014年には全国の省・市・自治区のなかで第7位だった遼寧省の一人あたりGDPは、経済の停滞とGDP水増しの修正により、2016年には第14位に滑り落ちてしまった。

アメリカでトランプ氏を大統領に押し上げたコアの支持層は、ラストベルトと呼ばれる自動車、鉄鋼、石炭など不況産業が多い地域の労働者たちだと言われる。遼寧省も産業構造や経済の沈滞状況はアメリカのラストベルトに似ており、「中国版ラストベルト」と呼びたくなる。とすれば、ここから排外主義や自国第一主義の風潮が生まれてくるのだろうか。

今のところそのような気配は見られない。そもそも人口4400万人近い遼寧省はラストベルトといって片付けるわけにはいかない多様性を持っている。遼寧省にはソフトウェア産業やコメなど競争力の強い分野もあれば、数多くの有名大学もある。たとえ鉄鋼業や石炭産業が没落しても、遼寧省のなかからそれにとって代わるような産業を生み出すことができるはずである。2016年に名目GDPが大幅に減少したことは、遼寧省政府がようやく現実に向き合う覚悟を決めた証だと前向きに受け取りたい。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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