コラム

「200億円赤字」AbemaTVがメディアと広告の未来を変える?

2017年06月21日(水)11時13分

【将と法】大戦略実行の両輪:リーダーシップとマネジメント

「将×法」は、大戦略である「道」を実行していくための車の両輪の関係にある。「将」は現代の経営学におけるリーダーシップであり、人や組織を人が動かしていくものである。「法」は現代の経営学におけるマネジメントであり、人や組織を仕組みや構造で動かしていくものである。

AbemaTVの「マスメディアをつくる」という戦略目標に対して、経営陣が当初想定した以上のスピードで認知度や視聴数が成長している背景としても、優れた「将:リーダーシップ×法:マネジメント」の存在が指摘できる。

【将】多様な出身母体のスタッフが一致団結できる理由

「将」とは、リーダーシップ、人材、教育のことである。AbemaTVの「将」については、以下のポイントが指摘される。

●藤田社長のリーダーシップ(決断力やリスクテイキング能力)
●赤字事業を許容する経営者との危機感共有と一致団結力
●自由度やエンゲージメントの高いワークプレイス
●エンパワーメントと働き甲斐
●「21世紀を代表する企業」にこだわった人材育成

AbemaTVのスタッフは、新規採用されたスタッフ、テレビ朝日とサイバーエージェントから派遣されたスタッフ、外部のTV番組制作会社のスタッフから構成される混合チームである。出身企業、企業カルチャー、仕事の仕方などが大きく異なる個性に富んだ多様なメンバーが集結しているにもかかわらず、AbemaTVのスタッフは、優れた番組作りという点で一致団結しているという。

これは、藤田社長がリーダーとして「短期に無理に黒字化するよりは優れた番組作り」という優先順位を明快に指し示している一方で、スタッフ側においては、「今は赤字事業だが、必ず優れた番組を継続して作り、その上で必ず黒字化を実現しよう」という強い危機感と使命感が共有されているからというのが主因のようだ。

AbemaTVの番組制作の現場においては、「予定調和をなくす」ことがテーマとなっており、ネットならではの自由さやライブ感にスタッフがこだわっている。インターネットTVならではの魅力を追求するという使命感にかられ、現場スタッフは仕事をしているという。

テレビ朝日×サイバーエージェントという大きな組織同士の合弁事業であるにもかかわらず、強いベンチャースピリットと「マスメディアをつくる」という使命感が共有されていること、現状で赤字事業であることが必ず成功させるという強い危機感を生んでいることが、AbemaTVの「将」における最大の強みと言えよう。

【法】株主に配慮し配当での株主還元を宣言

「法」とは、現代の経営学におけるマネジメントである。AbemaTVの「法」については、以下のポイントが指摘される。

●広告・メディア・ゲームの3事業構造間のシナジー
●堅実な収益構造からのAbemaTVへの投資
●新規事業への参入・徹底の仕組みやルール
●広告・課金・その他の収益モデル
●「AI・データマイニング事業」としてのビッグデータ蓄積

「法」において特筆しておきたいのは、サイバーエージェントがAbemaTVへの巨額の先行投資を行うに当たって、株主に対しても最大限の配慮を払っている点である。

同社では、最近の決算説明会において、「中長期で応援してもらえる企業を目指す」というスローガンを掲げている。大きな成果を出すには大きな挑戦をする必要があること、広告・ゲーム事業が堅調に推移しているなかで中長期の成長のためにAbemaTVに先行投資を行っていること、さらには「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンに真剣に取り組んでいることを強調しているのだ。

また、当面は既存事業からの利益やキャッシュフローをメディア事業に投入せざるを得ないことから、財務数値の経営指標としてはDOE(純資産配当率)5%以上を掲げ、配当によって株主還元を行っていく方針を明確にしている。

このようなIR(投資家向け広報)上の努力も奏功して同社のAbemaTVへの巨額の先行投資は株式市場でも徐々に理解されるようになってきており、株価も今年に入ってからは昨年と比較すると堅調に推移している。

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

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