コラム

中東の混乱、真の問題は「宗教」ではない...サイバー戦争を軸に「地政学」の全貌を読み解く

2023年11月04日(土)18時51分

サウジやUAEが求めるイスラエルのサイバー技術

さらにハイブリッドな工作では、2011年にイランはアメリカの高高度ステルス無人偵察機である「RQ-170センチネル」のコントロールをサイバー攻撃で奪って不正に操作し、イラン国内で着陸させた。これもイランの電子戦の能力を証明したと話題になった。2020年7月にも、イスラエルの水道供給を妨害しようと、大規模なハッキングをイランは実施している。

今回のイスラエルへの大規模攻撃を行ったガザ地区を拠点にするハマスは、イランから支援を受けているとも指摘されているが、そんなイランに対しては、イスラエルやアメリカのみならず、サウジアラビアなども絶え間なくサイバー紛争を繰り広げている。

イランは主に自国でサイバー開発を進めてきたが、サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)は、数十年にわたって技術大国として知られてきたイスラエルの最新のサイバー技術を入手するためにイスラエルとの提携を強めてきた。さらにサウジアラビアは、アメリカやイギリス、イスラエルなどの民間請負業者に、サイバー攻撃のための特注ツールの製造を委託してきた。

イスラエルは、サイバー攻撃だけなく、長年にわたって、レバノンやシリア、イラク、そしてイランに対して破壊活動と秘密工作を実施してきた。イランの核開発に関わる科学者などを何人も暗殺してきたと名指しされ、2020年11月にも遠隔操作のロボットを使用して、イランで最も著名な核科学者モフセン・ファクリザデを暗殺している。これはサイバー領域とのハイブリッド作戦とも言える。イスラエルは普段からイランの軍事・核開発計画に関連する拠点への妨害工作を展開しているのである。

今後、イランの核開発計画をめぐる西側諸国とイランとの交渉の如何に関係なく、イランとイスラエルはサイバー攻撃など秘密工作を戦術的にエスカレートさせていく可能性が高い。だがそれだけではない。中東地域は、イスラエルとパレスチナの紛争を超え、地政学的にからんだ紛争がサイバー領域でも引き続き繰り広げられることになるだろう。その火花は、日本を含む世界にも降りかかることを忘れてはいけない。

20240618issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年6月18日号(6月11日発売)は「姿なき侵略者 中国」特集。ニューヨークの中心やカリブ海のリゾート地で影響力工作を拡大する中国の「ステルス侵略」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

クマル・リテシュ

Kumar Ritesh イギリスのMI6(秘密情報部)で、サイバーインテリジェンスと対テロ部門の責任者として、サイバー戦の最前線で勤務。IBM研究所やコンサル会社PwCを経て、世界最大の鉱業会社BHPのサイバーセキュリティ最高責任者(CISO)を歴任。現在は、シンガポールに拠点を置くサイバーセキュリティ会社CYFIRMA(サイファーマ)の創設者兼CEOで、日本(東京都千代田区)、APAC(アジア太平洋)、EMEA(欧州・中東・アフリカ)、アメリカでビジネスを展開している。公共部門と民間部門の両方で深いサイバーセキュリティの専門知識をもち、日本のサイバーセキュリティ環境の強化を目標のひとつに掲げている。
twitter.com/riteshcyber

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-イスラエル、ガザ南部で軍事活動を一時停止 支

ワールド

中国は台湾「排除」を国家の大義と認識、頼総統が士官

ワールド

米候補者討論会でマイク消音活用、主催CNNが方針 

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆発...死者60人以上の攻撃「映像」ウクライナ公開

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    メーガン妃「ご愛用ブランド」がイギリス王室で愛さ…

  • 5

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 6

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 7

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 8

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 9

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 10

    「ノーベル文学賞らしい要素」ゼロ...「短編小説の女…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 5

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 8

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 9

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 10

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story