コラム

東金市女児殺害事件から15年──「不審者探し」の副作用と、日本の防犯対策に欠けた視点とは?

2023年09月04日(月)16時55分

このように、東金と加古川の遺体発見現場は、どちらも、物理的に「見えにくい場所」であるが、それだけでなく、そこは心理的にも「見えにくい場所」だった。なぜなら、東金の現場周辺には、おびただしい落書きがあり、加古川の現場周辺にも、おびただしい不法投棄ゴミがあったからだ。

最も象徴的なのは、東金の現場の斜め向かいにある公園の側溝にも、加古川の現場横の空き地にも、放置自転車があったことである。放置自転車は、割れ窓理論が重視する「無関心のシグナル」の一つ。それが多いと、心理的に「見えにくい場所」になるというのだ。

komiya230904_4.jpg

東金事件の現場近くにあった放置自転車 筆者撮影

komiya230904_5.jpg

加古川事件の現場近くにあった放置自転車 筆者撮影

割れ窓理論とは、「管理が行き届いてなく、秩序感が薄い場所では犯罪が起きやすい」という理論で、犯罪機会論のソフト面(心理面)を担っている。

割れ窓理論は、地域に目を向け、その秩序の乱れを重視する。それは「悪のスパイラル」と呼ばれる心理メカニズムを想定しているからだ。秩序の乱れという「小さな悪」が放置されていると、一方では人々が罪悪感を抱きにくくなり(悪に走りやすくなり)、他方では不安の増大から街頭での人々の活動が衰える(悪を抑えにくくなる)。そのため、「小さな悪」がはびこるようになる。すると、犯罪が成功しそうな雰囲気が醸し出され、凶悪犯罪という「大きな悪」が生まれてしまうというわけだ。

地域安全マップで景色解読力を高める

このように、事件現場を検証すると、同じような犯行パターンが繰り返されていることが分かる。したがって、この犯行パターンを読めれば、そこから類推して、犯罪者が次に選ぶ場所、つまり、犯罪発生の確率が高い場所を見抜くことができるはずだ。そして、それを導くのが、「入りやすい」「見えにくい」というキーワードである。

犯罪が起きやすい場所は、このキーワードを意識すれば、だれでも発見できる。しかし、「危ない人」に取りつかれていると、なかなか発見できない。そこで必要になるのが、「危ない場所」を探す「地域安全マップづくり」である。地域安全マップを作れば、だれもが、いつの間にか、人から場所へ視点が転換し、犯人目線に立って、犯罪者が好む場所が分かるようになる。

地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図である。具体的に言えば、(だれもが/犯人も)「入りやすい場所」と(だれからも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップだ。だれでも楽しみながら「犯罪機会論」を学ぶことができ、その過程で「景色解読力(危険予測能力)」が自然に高まる手法として、02年に筆者が考案した。

この地域安全マップづくりを疑似体験する動画がある。アニメーションを見ながら、仮想の街を歩き回り、景色を見て考える。フィールドワークの過程で、景色解読力が自然に高まる内容だ。家族でチャレンジしてみてはいかがですか。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、S&P500年末予想を5500に引き上げ

ビジネス

UAE経済は好調 今年予想上回る4%成長へ IMF

ワールド

ニューカレドニア、空港閉鎖で観光客足止め 仏から警

ワールド

イスラエル、ラファの軍事作戦拡大の意向 国防相が米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 4

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 8

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 9

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story