コラム

英史上「最短」トラス首相が残した教訓 日本も「最後の防波堤」が決壊すれば同じ道に

2022年10月21日(金)11時18分
リズ・トラス英首相

英国史上最短命に終わったリズ・トラス英首相(9月6日、筆者撮影)

<就任からわずか45日で辞任に追い込まれた英トラス首相だが、日本より財政が健全なイギリスがここまで苦しむのには理由がある>

[ロンドン発]減税による成長戦略をぶち上げ、債務危機に火をつけたリズ・トラス英首相が就任からわずか45日目の10月20日、首相官邸前で「このような状況では保守党から委任されたマンデートを実現できない」と大方の予想通り辞任を表明した。28日に新党首(首相)が選ばれるまで首相職に留まるが、英国史上最短命の首相となった。

これまで最短命記録は1827年に肺炎で急死したジョージ・カニングの121日。トラス氏はナチスドイツに対する宥和政策で知られる第二次大戦中のネヴィル・チェンバレン(保守党)以来80年以上ぶりに一度も選挙を戦うことが許されなかった首相という汚名も残す。

欧州連合(EU)離脱、英国内だけで20万人以上の死者を出したコロナ・パンデミック、ウクライナ戦争という未曾有の危機が続いたとは言え、「平時」の同じ議会会期中に首相が2度も交代するのは尋常ではない。

トラス氏は「私が首相に就任したのは経済的にも国際的にも非常に不安定な時期であった。家庭や企業は請求書の支払いを心配していた。ウラジーミル・プーチン露大統領のウクライナでの違法な戦争は欧州大陸全体の安全を脅かしている。そして、わが国はあまりにも長い間、低成長によって抑圧されてきた」と持論を繰り返した。

「私はこの状況を変えることを使命として保守党に選出された。エネルギー法案と国民保険料の削減を実現した。EUを離脱したことによる自由を活かした低税率・高成長経済のビジョンを打ち出した」が、消費者物価指数(CPI)が10.1%に達し、英中銀・イングランド銀行が政策金利を0.1%から2.25%に引き上げる中、飛んで火にいる夏の虫だった。

保守党に巣食う「市場原理主義ジハーディスト」

トラス氏は英高等教育専門誌タイムズ・ハイア・エデュケーションの世界大学ランキング1位のオックスフォード大学でPPE(哲学・政治・経済学)を履修したはずだが、首相として臨んだ経済学と財政学の試験はゼロ点だ。それは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が棲む保守党政治にどっぷり浸かり、党内力学の風向きだけを見て経済財政政策をぶち上げたからに他ならない。

2019年、ボリス・ジョンソン首相がEU離脱の実行を掲げ、総選挙で地滑り的勝利を収めた保守党は現在71議席の過半数を持っており、本来なら政権は安定してしかるべきだ。しかし党内は現実的中道派、ジョンソン氏とトラス氏を担いだ「市場原理主義ジハーディスト」と呼ばれる狂信的リバタリアンたち、旧炭鉱街や脱工業地域の選出組の3つに分かれる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相、応援演説で円安メリットに言及 米関税のバ

ワールド

米政府機関の一部が閉鎖、短期間の公算 予算案の下院

ビジネス

中国1月製造業PMIが50割れ、非製造業は22年1

ワールド

トランプ氏、労働統計局長にベテランエコノミスト指名
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 2
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵士供給に悩むロシアが行う「外道行為」の実態
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    日本はすでに世界第4位の移民受け入れ国...実は開放…
  • 5
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパ…
  • 6
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 7
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 8
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 9
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story