コラム

EU離脱まで1年 北アイルランドに漂う暗雲 武装組織による「パニッシュメント」増加

2018年04月06日(金)14時02分



この4月10日は「聖金曜日協定」からちょうど20年。「目に見える国境」の復活はカトリック系住民とプロテスタント系住民の確執を呼び覚ましてしまう。ブレグジットの本質は、イギリスとEU加盟国との国境を再び明確にしようということに他ならないからだ。

北アイルランドでは今も耳を疑うような風習が続いている。警察を信じないカトリック系、プロテスタント系住民の武装組織が、薬物の密売や反社会的行動を行った住民に対して「パニッシュメント(罰)」と呼ばれる私刑を加えているのだ。もちろん正当な裁判は行われない。

「パニッシュメント」の重さはさまざまで武装組織に野球のバットやハンマーで殴られたり、銃で膝や足首、腕を撃ち抜かれたりする。わざと傷を残すことで掟破りの烙印を刻み込む。武装組織の怖さを見せつける狙いもある。

英紙ガーディアンによると、過去4年間で60%も増えている。2013年には64件だった「パニッシュメント」は昨年101件も確認されたという。

「パニッシュメント」を宣告されると家族は該当者を武装組織に突き出さなければならない。痛みを和らげるためその前に大量にお酒を飲ませたり、鎮痛剤を飲ませたりするそうだ。プロテスタント系による「パニッシュメント」はカトリック系の倍近いという報道もある。

「パニッシュメント」が増加

北アイルランドでは、家族や地域の絆が強い。「パニッシュメント」は極めて保守的なプロテスタント系、カトリック系双方の地域に残っている。ベルファストで「パニッシュメント」について何人かの住民や関係者に尋ねると「そうした地域では聖金曜日協定による和解の動きを面白くないと思っている」「極端な例だ」という答えが返ってきた。

イギリスはEUからの移民流入を止めるため国境の明確化を、EUは中東・北アフリカからの難民流入をせき止めるため境界管理の強化を進めている。ベルファストではカトリック系、プロテスタント系住民の安全を守るため、高くそびえる「平和の壁」が双方の地域を隔てている。

ブレグジットをきっかけに北アイルランド紛争の古傷がうずき始めている。「和解」を唱えなければならない政治は出口のない「対立」に陥っている。EUからの「強硬離脱」に突き進むメイ政権をDUPが支え、カトリック系政党シン・フェイン党は「EU残留」を唱えていることも問題をさらに複雑にしている。

「パニッシュメント」の増加が凶兆でなければよいのだが......。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FIFAがトランプ氏に「平和賞」、紛争解決の主張に

ワールド

EUとG7、ロ産原油の海上輸送禁止を検討 価格上限

ワールド

欧州「文明消滅の危機」、 EUは反民主的 トランプ

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story