コラム

菅首相うっかり? それでも「国民皆保険の見直し」発言が大問題な訳

2021年01月28日(木)06時33分

CLAUDENAKAGAWA/ISTOCK

<国民生活の基盤とも言える医療制度の見直しに言及した菅首相は、意図せずパンドラの箱を開けた>

菅義偉首相が、国民皆保険制度を見直すとも受け取れる発言を行い、永田町や霞が関に激震が走るという一幕があった。国民皆保険は日本の戦後社会の中核を成す制度であり、政府・与党にとっては最も大きな政治利権の1つでもある。この重要な社会インフラは財政的に厳しい状況となっており、菅氏の発言は期せずしてパンドラの箱を開ける結果となってしまった。

菅氏は2021年1月13日の記者会見で、医療関係の法改正に関連して「国民皆保険(中略)を続けていくなかで、今回のコロナがあって、そうしたことも含めて、もう一度検証していく必要はあると思っています」と発言した。

ネットでは「首相が国民皆保険制度の見直しに言及した」「耳を疑う」などと情報が拡散。各紙がこれを報じたことから、加藤勝信官房長官が火消しに奔走する羽目になった。

菅氏に明確な意図はなく、言葉の流れでそうなってしまった可能性が高いが、皆保険制度の見直しが水面下で議論されてきたのは事実である。地方銀行や中小企業の淘汰など構造改革に意欲的とされる菅氏の頭の中に医療制度改革が存在していないはずはなく、うっかりではあったにせよ爆弾発言であることに変わりはない。

制度に必要な費用は年間43兆円以上

日本では保険料の滞納がない限り、基本的に原則3割の自己負担(重篤な疾患については高額療養費制度で上限超過額を全額公費負担)で病院にかかることができるが、全ては国民皆保険制度のおかげである。この制度はイギリスの国民保険サービス(NHS)と並んで世界トップクラスであり、医療水準はともかく、病院へのアクセスという点では最も恵まれた国の1つと考えてよいだろう。

コロナ危機で医療逼迫が叫ばれたことをきっかけに、あらためて実感した人も多いだろうが、病気になったときに病院にかかれないことほど恐ろしいことはない。その点において日本の医療制度は、国民生活の基盤と言える存在だ。

だが、この制度を継続するためには莫大な資金が必要であり、18年度は何と約43兆4000億円もの金額を支出している。このうち患者の自己負担と保険料でカバーできているのは約6割しかなく、残りは全て公費である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story