コラム

分かっているようで分かっていない 企業の内部留保問題を整理する

2017年11月21日(火)13時00分

内部留保と現金保有額は一致しないので、税金をかけてすぐに徴収できるというものではない。無理に課税してしまうと企業は納税する現金を確保するため、資産売却を迫られることになり、市場は大混乱に陥るだろう。税金を物納するという手法も考えられるが、こちらも現実的とはいえない。

希望の党は、内部留保を現金のようなものと認識していた可能性があり、この部分について批判が集中する結果となった。ただ、企業の内部留保蓄積がまったく問題ないのかというとそうではない。日本企業が内部留保を有効に活用できておらず、これが経済問題のひとつとなっているのは紛れもない事実である。内部留保という言葉ではなく、企業が余らせている現預金をどう活用するのかという形に言い換えた方が混乱は少ないかもしれない。

疑問その2 企業は内部留保をなぜ賃金に回さないの?

企業が内部留保(あるいは現金)を蓄積していることに対しては以前から批判の声が寄せられている。

民主党政権時代、お茶の間でもおなじみの著名エコノミストが、内部留保を賃金に回すよう強く主張し、自由競争主義の識者らと論争になったことがあった。自民党政権になってからも、安倍首相自身や麻生財務大臣など、政権幹部がたびたび企業の内部留保を強く批判しており、党派に関係なくこの問題はやり玉に挙がっている。

常に政治的な圧力が加わっているにもかかわらず企業はなぜ、内部留保を取り崩そうとしないのだろうか。それには二つの理由がある。ひとつは、内部留保というものが企業経営の常識として、そもそも賃金に回すためのお金ではないということ。もうひとつは今の日本企業の経営姿勢である。

企業における利益というのは、売上高から仕入れの額を控除し、さらに人件費や減価償却費を差し引いて求められる。つまり内部留保のもとになっている最終利益というのは、会計的には人件費などの経費を差し引いた残りのお金ということになる。したがって、経営者の一般常識として、余っている内部留保を現金化し、賃金などの経費に再度、充当という概念は存在しない。感情的にはともかく、経営者がそのような意思決定を下すことは原則としてあり得ないと思ってよい。内部留保の課税や賃金への充当という圧力に対して、財界が「論外」といった態度を示すのは、こうした理由からだ。

では日本企業が、多額の現金を保有したままの状態にしているというのは正しい行動なのだろうか。当然のことながらその答はノーであり、これは別の意味で批判の対象となる。

疑問その3 なぜ内部留保の蓄積はよくないの?

企業は常に利益成長が求められる存在である。企業の経営者には、それを実現する能力があると自他ともに認識しているからこそ、多額の報酬と社会的地位が与えられている。その点において、使い道のない多額の現金を余らせておくことは基本的に許容されず、場合によっては経営者として無能の烙印を押されかねない。

日本の場合、コーポレートガバナンスが十分に機能していないので、こうした状態が放置されているが、諸外国では、現金の使い道がない場合、トップ交代を求められたり、配当など株主還元に充当するよう圧力がかかる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 7
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 10
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story