コラム

日本とドイツが民主主義の防波堤に? 欧州右傾化にバノンが参戦

2018年09月08日(土)13時20分

極右の躍進に直面するドイツのメルケル首相 Hannibal Hanschke-REUTERS

<トランプ米大統領の元参謀バノンがロシアと共に極右を支援――「民主・自由国家」対「米欧ロ右翼同盟」の行方は>

対米貿易黒字などをめぐって、トランプ米大統領が同盟国に乱暴な圧力をかけている。そんななか、ドイツが反トランプ色をますますあらわにしだした。

メルケル首相は8月15日、トルコのエルドアン大統領に電話。アメリカによる制裁で通貨リラの暴落を食らったエルドアンを励まし、9月末に訪独の招待までした。8月18日には、14年のクリミア併合以来、「信用できない」と公言して遠ざけてきたロシアのプーチン大統領と首都ベルリン近郊で会談した。

既に7月に来日したドイツのマース外相は、「政策が不透明」なトランプに言及しつつ、自由、民主主義、法の支配などを守るための日独協力を呼び掛けた。

一方、トランプの選挙参謀を務めたスティーブ・バノン元大統領首席戦略官・上級顧問は昨年8月に政権から追い出された後、古巣の右翼系メディア「ブライトバート」を根城に活動を再開。保護主義と反移民を唱える彼は7月にEU本部のあるベルギーの首都ブリュッセルに財団を設立。欧州諸国の右翼政党を支援する姿勢を明らかにした。

ドイツの右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」をもり立てて、メルケルの足を引っ張るだけではない。トランプが貿易黒字の解消を迫ると、「貿易問題は欧州委員会の管轄」の決まり文句で逃げているメルケルを見透かして、EUの足元も乱したいのだろう。

面白いことに、これら欧州の右翼諸政党にロシアがつとに接近している。首都モスクワに招待しては、資金を提供。ロシアもまたEU諸国にくさびを打ち込んで政治を攪乱し、自分の立場を良くしたいのだ。

ドイツの独善的な国民性

こうなると19世紀初頭、自由・平等・博愛を名目に帝国をつくり上げたナポレオンが没落した後、ロシアとオーストリアなどが保守の神聖同盟をつくったような対立構造が生まれかねない。「民主主義と自由貿易を掲げるメルケル政権」対「米欧ロシアの右翼同盟」という価値観の対立は、新たな国際政治の軸になるだろうか。

そうはならないだろう。ドイツ自身、内部にAfDを抱えており、いつまで自由・民主主義を掲げていられるか分からない。日本に提携を呼び掛けたマースは、メルケルの保守と連立を組む社会民主党(SPD)の政治家で、これまで中国・韓国寄りだったメルケルをどこまで日本寄りに引き込めるか不明だ。現にメルケルは、ロシアやトルコという極め付きの権威主義指導者に近づいている。

メルケルにとっては、トランプに対して自国の利益と自分の政権を守ることが第一で、自由・民主主義の擁護はそのための材料にすぎない。それに、メルケルのようにトランプと正面から対立するのはうまい外交手法ではないし、日本はまだそこまで追い詰められていない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での

ビジネス

パラマウント、ワーナーに敵対的買収提案 1株当たり

ワールド

FRB議長人事、大統領には良い選択肢が複数ある=米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story