コラム

ナショナリズムを刺激する「軍艦島」の、世界遺産としての説明責任は重い

2020年07月27日(月)18時40分

世界から見れば「軍艦島」は日本の世界遺産の中でもそれほど重要な位置付けではないが、日本人にとっては特別な意味を持つ ziggy_mars-iStock.

<明治日本の産業革命遺産が輝かしく見えるのは、日本の「国民史」においてそう位置付けられているからだ。「世界遺産」なら、「国民史」の枠組みを離れて韓国やさらにはそれ以外の国の人々にも通じる説明が必要だ>

去る6月15日、東京都内にて「産業遺産情報センター」の公開が再開された。3月31日に開館した同館であるが、同日の開所式直後から新型コロナウイルスの蔓延により臨時休館を余儀なくされていたから、この日が事実上の開館だったという事になる。

その名称からも明らかな様にこのセンターは、2015年に正式登録されたユネスコの世界遺産「明治日本の産業革命遺産:製鉄・製鋼、造船、石炭産業」に関わる内容を展示するものであり、同センターはその為の研究機能をも併せ持つことになっている。周知のようにこの「明治日本の産業革命遺産」登録に当たっては、構成資産のうち、長崎造船所や端島炭坑(軍艦島)等において、多くの朝鮮人が動員され「非人道的」な扱いを受けた過去がある事を問題視した韓国政府が強く反対し、日韓両国政府の間で厳しい対立が展開された事が良く知られている。結果、最終的に日本政府は「1940年代にいくつかの施設において、その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた(forced to work)多くの朝鮮半島出身者等がいたこと、また、第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる所存である」という声明を発表し、この内容は「脚注」として、正式文章にも加えられる事となっている。

「日本人のDNAに刺さる遺産」

そして今回問題となっているのは、今回実質的な開館を迎えたこのセンターの展示内容が、この「脚注」の趣旨に適っているか否かだ。しかし、本稿で注目したいのは個々の展示の具体的な内容よりも、この問題の基本的な構造である。何故ならこの問題には、日韓両国、そして国際社会における「歴史認識問題」とは何かを巡る問題が、典型的に表れているからである。

この問題においてまず指摘すべきは、同じ「歴史遺産」であっても、人々の歴史的理解が異なれば、全く異なるものとして現れる事である。例えば、日本側の理解について、「明治日本の産業革命遺産」に名を連ねる橋野鉄鉱山を抱える釜石市長である野田武則は次のように述べている。


橋野は単なる鉄鉱山に過ぎないと思っていました。しかしいまは違います。(中略)富士山や平泉とは違います。あれは鑑賞するものです。明治日本の産業革命遺産は、DNAに刺さります。日本人として勉強していく大事なプロセスがここにあると思っています。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国主席、APEC首脳会議で多国間貿易保護訴え 日

ビジネス

米国株式市場・序盤=ナスダック1.5%高、アップル

ビジネス

利下げでFRB信認揺らぐ恐れ、インフレリスク残存=

ビジネス

ECB、金利変更の選択肢残すべき リスクに対応=仏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 7
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 8
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story