コラム

僕が見たボリス・ジョンソンの相反する2つの顔

2020年03月05日(木)11時20分

もちろん、オックスフォードで役立つスキルを磨き、趣味の世界にふけるチャンスを手にできるのは、恵まれた家庭出身の者だけではないだろうが、一般的には公立学校出身の学生(僕を含む)は課外活動に多くの時間を費やすことはない。公立出身者は、ひたすら研究に打ち込むことで、自分がオックスフォード生にふさわしいと証明しなければならない、と考えているからだ。「成りすまし症候群(Imposter Syndrome)」などという用語まである――「一般家庭」出身のオックスフォード大生が、自分は何かの間違いで入学できてしまったのではないかと感じることを指す。目をつけられて追い出されるのではないかという恐怖感は、彼らから大学生活で味わえるはずの貴重な側面を奪い取る。言うなれば、名門私立出身者たちは、不釣り合いなほど大勢オックスフォードに入学しているだけでなく、オックスフォードからより多くのものを得ているのだ。

イカレた仮装も躊躇せず

2回目にジョンソンを見たときは、僕は彼を応援したいと感じた。2007年のこと、たまたま日本からイギリスを訪れていたとき、国会議事堂の外で「抗議行動」があった。偶然にも、これは僕が参加したことのある唯一の抗議行動で、少々風変わりなものだった。

古典研究(ラテン語、ギリシャ語、古代史、文学、哲学の研究)は学校で学ぶ科目としては過去数十年間、衰退し続けていたのだが、2007年に試験制度改革案が持ち上がり、実現すれば古代史が公立学校の教育から完全に消え去る、という事態になっていた。僕は公立学校とオックスフォードで古代史を学び、それが多くの点で僕の人生を豊かにしてくれたので、数十人の変わり者や学者たちと一緒にこの抗議行動に参加した。

ジョンソンはその時すでに国会議員で、ある種「有名人」であり、オックスフォードで古典を学んだこともよく知られていた。その彼が議会から出てきて僕たちに加わり、抗議行動をメディアの「イベント」に一変させた。ジャーナリストやカメラマンがどこからともなく集まってきた。誰かがジョンソンに古代ローマの衣装「トガ」(ただのシーツだけど)を手渡すと、イカレて見えることなどお構いなしに彼はそれに身を包んだ。誰かにラテン語の巻物を手渡されると、それをカメラに向けて抱え上げてみせた。

これを売名行為と見ることもできるだろうが、その瞬間、僕は彼のエネルギーとカリスマ性、そして気取りのなさに強く心打たれた。「ビッグプレーヤー」が、道化になって広報役を買って出て、小さな抗議行動を別次元に格上げしてくれたことがうれしかった(改革は中止され、古代史は科目として生き残った)。

だから、奇妙な偶然によるジョンソンとの2度の出会いは、彼の2つの矛盾するように見える側面を包み込んでいる。多くの人は、ジョンソンが特権的なエリートで、一般的なイギリス人のことなど何も分かっていないと考え、彼を嫌っている。それでも彼は、政治家にしては珍しく、人々の中に入り込める能力を持っている。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中立金利は推計に幅、政策金利の到達点に「若干の不確

ビジネス

日銀の国債買い入れ前提にせず財政政策運営=片山財務

ワールド

米下院補選で共和との差縮小、中間選挙へ勢いづく民主

ビジネス

米ロッキード、アラバマ州に極超音速兵器施設を新設
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story