コラム

ウクライナでEUは「NATOの代わり」になれるのか? NATO第5条「のようなもの」の歴史と限界

2025年12月26日(金)07時15分

有志連合の深慮遠謀

では欧州側は何を考えているのか。

エマニュエル・マクロン大統領がゼレンスキー大統領に「アメリカはウクライナを裏切る可能性がある」と話したと、独誌『シュピーゲル』が機密電話会議の議事録をリーク報道した。

実際には「裏切り」に苦しんでいるのは、欧州のほうだ。12月に発表されたアメリカの『国家安全保障戦略』がどんなに大きなショックを欧州に与えたか。ウクライナに近い東欧の人々の中には、歴史的にドイツ(やフランス)を信用できない意識が強い人が多く、アメリカに頼る気持ちが大きく勝っていた。その彼らすら、考えを変えざるをえないのでは、と言われるほどのショックである。

「戦略的あいまいさ」を自認するマクロン大統領が提唱した「有志連合」は、12月15日発表の共同宣言では「多国籍軍」となっていた。

フランスは「アメリカに頼らない自律性」のDNAが脈々と流れている国だ。シャルル・ド・ゴールは1966年、NATOから一部脱退した。NATOの軍事指揮権から外れてフランスの軍隊と核兵器の独立を保持したのだ。完全復帰したのは2009年だ。

マクロン大統領には48歳と若く、フランスの力はEUと共にあるという強い戦略と信念がある。2018年にはロシアや中国などの脅威に対して、欧州が米国だけに依存することなく自国を守ることができるよう「真の欧州軍」の創設について公に発言した。今回の「多国籍軍」は、そのための実績を積み上げているようにも見える。

NATOの欧州化

現実路線としてマクロン大統領や支持者が考えているのは、NATOの欧州化ではないだろうか。欧州の負担を増やすという意味以上の欧州化のことだ。

具体的には、NATO欧州軍の最高司令官「SACEUR」をヨーロッパ人にすること。この職は代々高位のアメリカ軍人が務めてきた。

ドナルド・トランプ大統領は欧州に極めて冷淡である。ただ現実には、米と欧の「離婚」に反対する人々はアメリカに党を問わずに存在し、現政権内にもいるかもしれない。

この状況で、アメリカ抜きでは存在できないNATOの枠組みはそのままで、欧州軍最高司令官はヨーロッパ人にするという案は、トランプ政権にとって悪くない折衷案になる可能性は高い。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は続伸、配当狙いが支え 円安も追い風

ビジネス

26年度予算案、強い経済実現と財政の持続可能性を両

ワールド

米、ナイジェリアでイスラム過激派空爆 「キリスト教

ワールド

ホワイトハウスの大宴会場計画、1月にプレゼンテーシ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story