コラム

ロシアが仕掛ける「影の戦争」──進化するハイブリッド脅威と日本の脆弱性

2026年02月19日(木)14時22分

攻撃側のコストは低く、防御側のコストは高い。ハイブリッド脅威は典型的な非対称戦と言える。低強度の圧力を継続的に与えるだけで、構造的な効果が期待できる。

いまだに「民主主義への脅威」として名指しされる認知戦や偽情報の直接的効果は十分に検証されていない。しかし、それが社会的アジェンダとして扱われることで、調査・報道・政策対応といったコストを相手国に発生させる点において、攻撃側の目的の一部は達成されている可能性がある。

この領域に多大な調査研究を行ってきたアメリカ民主主義の統治能力が先んじて揺らいだことは、相手国にコストを与え続けることの威力を端的に示している。

ただし、ハイブリッド脅威は自国の国内統治が安定している国家でなければ実行に危険がともなう。自国の不安定化に対処する高い統制能力も必要となる。

同じことを他国にやられる可能性はもちろん、他国への干渉にうつつをぬかしていて自国の弱体化と不安定化が進んでしまっては政権が持たないのだ。その条件を満たす国家は限られている。もちろん、EUや日本は同様の統制能力を持つとは言いがたい。

ハイブリッド脅威に脆弱な日本

ハイブリッド脅威への脆弱さは日本も例外ではない。むしろ制度的縦割りの強さという点で脆弱性は大きい。サイバー分野ですら所管が分散している現状では、領域横断的脅威への統合的対処は困難である。国内外の情報を統合的に把握する体制も十分とは言えない。

一方で、ギグ経済を通じた動員基盤は日本国内に既に存在する。依頼者の正体や目的を知らずに違法行為に関与する人材を募集することは、構造的に可能である。

闇バイトが社会問題化した際、これが外部勢力の工作に転用される可能性を考えざるを得なかった。低コストで実行者を確保でき、事件化すれば社会的不安を拡大できる。攻撃者の視点から見れば効率的である。

ロシアのハイブリッド脅威を構成する活動には、落書きのようなハードルの低いものから暗殺のようなハードルの高いものまで幅広い選択肢がある。放火も頻出する手法の一つだ。闇バイトで強盗殺人まで行う者が存在する社会で、正体不明の依頼者から放火を頼まれて実行する者はいるだろう。

日本が直面しているのは、単発の犯罪問題ではない。構造的脆弱性の問題である。その認識なしに、ハイブリッド脅威への実効的対処は難しい。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

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