コラム

「世界各地で同じことが起こる?」ドイツのクーデター未遂事件が予兆する世界......

2022年12月13日(火)18時00分

これまでと同じ点と異なる点

ここまで書いてきたことだけをみると、過去に不安定な社会状況下で陰謀論やテロが広がったこととあまり変わりないように見える。しかし、いくつか決定的に異なっている点がある。

・イデオロギーや政治的なコアを持たない
今回の事件に関して日本ではグループは政治的理念を共有しているという報道が多いようだが、前述のようにドイツ当局は「イデオロギーや政治的なコアを持たず、現在の国家や秩序を拒否する点では一致しているが、その他では極右過激派、カルト、親ロシア派の扇動者、反ユダヤ人など多様である」と言っている。

・オンラインで活動する小グループ
全体としては強い結束で結ばれているわけではなく、オンラインを通したゆるいつながりで構成されている。明確な指揮命令系統や組織があるわけではない。そのため全体像を把握することが難しく、メンバーの特定にも困難がともなう。

・莫大な「見えない支持者」を持つ
当局が把握しているライヒスビュルガーのメンバーは約2万1000人だが、QAnon支持者は数十万人おり、さらにTelegramのチャンネルなどをフォローせず、関連サイトなどにアクセスだけしている者もいる。

・「見えない支持者」をビッグテックがマネタイズして資金提供する
こうした多数の「見えない支持者」をビッグテックがマネタイズして、陰謀論グループに広告料金として資金提供している。クラウドファンディングや寄付などからも資金を得ている。その規模は1サイトで月間1億を超えている。くわしくは以前の記事「コロナ禍によって拡大した、デマ・陰謀論コンテンツ市場」に書いた。

・ロシアのデジタル影響工作の影響を受けている
QAnonや陰謀論、反ワクチンの多くが親ロシアであることは、前掲『ウクライナ侵攻と情報戦』で分析した通りだ。ドイツでもその状況は同じだ。ISDが2021年11月1日から2022年2月27日、右翼過激派や陰謀運動に関連するドイツ語のTelegramチャンネル229を調査した結果、もっとも多くシェアされたリンク先はドイツ語版RT(ロシアのプロパガンダメディア)だった。さらにもっともシェアされた閲覧された記事は、やはりロシアのウクライナ侵攻を正当化するもので、登録者212,667人の元ドイツ人ジャーナリスト(右翼過激派や陰謀運動の間で人気)によるものだった。ドイツ語のロックダウン反対派のチャンネルでもRTドイツ語版の記事は人気だった。

ロシアは意図的にQAnon、陰謀論、反ワクチンの拡散を加速しようとしている。

これらの相違点は以前の記事「アメリカから世界に輸出されるテロリストたち──いま、そこにある「個別の11人」の脅威」とほぼ同じである。過去の過激派との違いは深刻であり、従来の方法論では食い止めることのは難しい。

ドイツで極右過激派の事件は繰り返し起きているが、ひとつの組織ではないし、指揮命令系統が明確なわけでもないため、芋づる式にたぐってゆくことができないのだ。

世界各地で同じことが起こる

ゆるいネットワークでつながった陰謀論者たちが武装化して過激になってきている。これから世界は暴動が日常になる。アメリカはすでにそうなっている。日本にいると理解するのは難しいが、アメリカ国民の多くは、内戦を現実の脅威と感じている。ベストセラーとなったBarbara F. Walter著作『How Civil Wars Start』によれば、南北戦争のような目に見える戦争ではなく、暴動や武装衝突が頻繁に起こり、政治的暴力のグループが政権に加わったり、政治的判断に影響を与えるようになることを指している。

ドイツで起きていることは、アメリカを手本にしてきた日本にも起こる可能性がある。
内戦状態に陥れば決着するまで平均で10年間かかる。長い戦いになる。

ichida20221213cc.jpg


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CPI、4月は前月比+0.3%・前年比+3.4%

ワールド

米大統領選、バイデン氏とトランプ氏の支持拮抗 第3

ビジネス

大手3銀の今期純利益3.3兆円、最高益更新へ 資金

ワールド

ニューカレドニアの暴動で3人死亡、仏議会の選挙制度
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story