コラム

台湾がウクライナとは違う理由──中国のサイバー攻撃の裏には地政学的な狙いがある

2022年09月05日(月)14時50分

台湾へのサイバー攻撃は本格化していない...... Selim Chtayti/REUTERS

<現在のところ、中国は台湾に対して本格的なサイバー攻撃をしかけていない。それが意味することを考えてみた......>

ウクライナ侵攻が始まった時、「台湾が次のウクライナになる」という言葉をあちこちで目にした。しかし、いまのところ、そうはなっていないし、これからもならないだろう(少なくともしばらくの間は)。その理由はサイバー空間を見るとよくわかる。

中国のサイバー攻撃は地政学的な狙いに基づいており、逆にサイバー空間で起きていることから狙いを慮ることもできる。現在のところ、中国は台湾に対して本格的なサイバー攻撃をしかけていない。それが意味することを考えてみた。

台湾へのサイバー攻撃は本格化していない

台湾側はペロシ訪台に伴ってサイバー攻撃が激増したと主張しているものの、本格的なサイバー攻撃にはほど遠いのが実情だ。たとえば台湾政府機関のサイトへのDDoS攻撃について、アメリカのSANS Instituteは「数人のハクティビストができる程度のもの」とし、戦略国際問題研究所のディレクターは中国政府と結びついていない可能性が高いと指摘している。

その後のサイバー攻撃は主として諜報活動につながるもので、これは以前から中国が行ってきたものと変わりない。台湾側は増加していると指摘しているが、本当に増加したのか台湾側が危機感を持って検知能力を向上させたためなのかはわからない。いずれにしてもインフラに対する破壊的な攻撃などの大規模なサイバー攻撃は発生しておらず、閾値以下の攻撃に留まっている。

もともと台湾は必ずしもサイバー防衛が強固なわけではない。大量の情報を盗まれてダークウェブで売買されているし、2020年のトレンドマイクロのレポートでは国の規模に比べて多数のマルウェア被害を受けていることが明らかになっている。また、米国司法省が中国と関連づけている国際的なグループVANADINITEは、台湾でもランサムウェアを使って石油会社に甚大な被害を与えている。

また、「The Dyadic Cyber Incident and Campaign Data (DCID)」の過去のデータを見ると、台湾は中国からもっとも多く攻撃を受けており、そのほとんどが諜報目的だったことがわかる。

以上のことから現在のサイバー攻撃は過去の攻撃と比較して、大規模でも本格化したわけでもないと言ってよいだろう。

いまはその時期ではない

サイバー空間において目立った動きがないことは、中国がいま本気で台湾侵攻を想定していないことを示している。香港の前例を見ても、まだ準備期間と考えられる。政治的にも党大会を控えた中国は国内世論向けに強い姿勢を見せる必要はあるものの、本格的な侵攻に乗り出すことはないと言われている。したがってサイバー空間においては、閾値以下の諜報活動と影響工作が主体の時期がしばらくは続くと考えられる。

同様にアメリカもなにかができるタイミングでもない。中間選挙を控えており、失策を避けたい時期であると同時に、中国はロシアのように対処できないことがよくわかっているためである。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

デギンドスECB副総裁、利下げ継続に楽観的

ワールド

OPECプラス8カ国が3日会合、前倒しで開催 6月

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ワールド

ロ凍結資金30億ユーロ、投資家に分配計画 ユーロク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story