コラム

アメリカ大統領選は、ネット世論操作の見本市 その手法とは

2020年10月02日(金)18時15分

・大手メディアとジャーナリスト個人への攻撃

よく知られているようにトランプは自分を批判するメディアを攻撃している。面と向かって反論するだけでなく、ネット上でスクラムを組んでバッシングする。トランプ・ジュニアを批判する記事を書いたBusiness InsiderのHaltiwanger記者のケースではブライバートが同記者が過去にインスタグラムに投稿した過激な反体制発言を記事にして掲載し、翌日トランプ・ジュニアが300万人のフォロワーに向かって記事を紹介した。その結果、Haltiwangerは誹謗中傷の集中砲火を受けることになった。

トランプ陣営にはこうしたジャーナリストなどへの攻撃のためのプロジェクトチームが存在する。世論に影響力を持つ人物およびトランプに批判的なジャーナリストとその家族など少なくとも2千人を超える人物の過去10年間のSNSなどへの投稿や個人情報がデータベース化されており、必要に応じてその人物を貶めることができる材料をピックアップできるようになっている。

ホワイトハウスおよびトランプ陣営はこのプロジェクトチームへの関与を否定しているが、この件を暴露したThe New York Timesの記事によれば、中心になっているのはトランプ・ジュニアの友人でトランプ陣営の非公式の顧問となっているArthur Schwartzだ。

トランプが反ユダヤ主義を煽っているという社説と、新しいホワイトハウス報道官の過去について触れた記事をThe New York Timesが掲載した時は、同紙の記者が大学生だった頃の10年前のツイート(当然ながら記者は自分がそのようなツイートをしたことを完全に忘れていた)をブライバートが記事にし、Arthur Schwartzとトランプ・ジュニアがツイッターで拡散した。その結果、記者は謝罪し、The New York Timesは自社の規定に反している発言だったことを認めた。

政権がメディアを攻撃することはよくあるが、トランプの場合はより過激で破壊することを目指している。そのことは、ブライバートの記事「Our Goal Is the'Elimination of the Entire Mainstream SOCIAL MOST POPULAR Media'!」(ブライバート、2017年7月19日)に象徴されている。

CBSの調査によると、トランプ支持者で大手メディアを信用している者はたった11%しかおらず、トランプの言葉を真実と認識しているという。トランプ自身も「あなたがたが見たり、読んだりしていることと、本当に起きていることは違う」("what you're seeing and what you're reading is not what's happening")と言っている。トランプが支持者を扇動すればメディアやジャーナリストをバッシングしてくれる。

・ニセ地方紙の展開

アメリカ人の多くは大手メディアよりも地方紙を信用しており、そこにつけこんでニセの地方紙を選挙活動に活用している。今回の選挙に先立つ数年前から、保守派はthe Arizona Monitor や The Kalamazoo Timesといった実在しないニセ地方紙のサイトなどを数百もネット上に設置していた。それらのほとんどには発行人などの情報がなく、あったと場合も情報が少なかった。多くは共和党の関係者によって運営されており、一部はイリノイ州にある正体不明のLocality Labsという企業によって運営されていた。ふつうに閲覧する限りにおいては、政治団体や活動と関連あるようには見えないようにできていた。候補者はこれらのサイトに資金を提供する際、コンサルティング会社などを経由することで選挙委員会のチェックを逃れていた。

・敵対候補に偽装したサイトによる攻撃

The New York Timesは、2019年の4月から6月にかけて、ジョー・バイデン関連でもっともアクセスの多かったサイトが、公式のように見せかけたニセのサイトであることを暴露した(The New York Times、2020年6月29日)。サイトを見るとバイデンに関して問題のある内容(スキャンダル、同性婚や中絶への反対など)ばかりで明らかにバイデンを貶める目的であることがわかる。なお、このサイトは2020年9月27日現在でもアクセスできる。

このサイトを作ったのはPatrick Mauldinという人物で、トランプの選挙キャンペーンのためのデジタルコンテンツを作成していた。彼はこの他にも複数の民主党員のニセサイトを作っていたが、バイデンのサイトがもっとも成功したものだった。

こうした偽装サイトは2017年にも作られており、その際は民主党のグループがアラバマ州上院選挙で共和党の妨害をするために偽装サイトを作っていた(この選挙では民主党が勝利した)。この時、民主党はロシアのネット世論操作を参考にしていた。

Dmitri Mehlhornというコンサルタントは少なくとも2つの偽装作戦に関わっており、共和党上院議員候補のツイッターのフォロワーにロシアのアカウントが存在しているのでロシアが支援している、禁酒主義者と結びついているといったフェイクニュースを流していた。

アメリカの2大政党である共和党と民主党の双方が手段を選ばず、ネット世論操作で攻撃し合う状況に陥っていることがわかる。トランプを要する共和党は前回の選挙からネット世論操作にどっぷり浸かっているが、民主党も対抗上やらざるを得ないと判断している。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

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