コラム

安保法施行で日本は「専守防衛を転換」したのか

2016年03月29日(火)16時12分

集団的自衛権は断定的に「違憲」と論じられるものではない

 また、集団的自衛権を「違憲」と断定する評価も、この半年間で変化が見られるようになった。たとえば、京都大学教授で憲法学者である大石眞教授は、「今回の政府解釈に関しては、限りなく個別的自衛権に近い範疇の話であると思いますし、野放しに自衛隊を派遣するような話ではないわけですから、それを大転換だと批判したことは不思議です」と語る。さらには、「私のスタンスとしては、憲法制定の後に出てきた事象については、明確に禁止規定がない以上は、一義的に違憲とも合憲ともいえる筋合いのものではなく、その意味で違憲とはいえない以上は合憲であるという考えです」と、きわめてバランスのとれた見解をしめしている(注2)。

 さらには、行政法学の権威であり、最高裁判事も務めた藤田宙靖東北大学名誉教授も、これまでの憲法学者による違憲論に対して、「一貫した精緻な議論が展開されているようには感じられない」と批判する(注3)。さらには、「仮に憲法学がなお法律学であろうとするならば、政治的思いをそのまま違憲の結論に直結させることは、むしろその足元を危うくさせるものであり、法律学のルールとマナー(本稿のいう法規範論理)とを正確に踏まえた議論がなされるのでなければならない」と警鐘を鳴らす(注4)。いわば、それほど断定的に「違憲」と論じられる性質のものではないのだ。

 このようにして、「専守防衛を転換」という主張も、あるいは安保関連法を「違憲」と断定する主張も、疑義が唱えられてしかるべきであろう。政府の方針に健全な批判を浴びせることは、民主主義国としての健全な作法である。しかしながらそれを行う場合に、冷静で、バランスの取れた広い視野から行うことが重要であり、また国際情勢や現実の安全保障環境を深く理解した上で、どのようにして国際社会の平和がよりよいかたちで確保されるのかを考えて欲しい。

[注1]
浅田正彦「武力不行使原則と集団的自衛権」小寺彰・森川幸一・西村弓編『別冊Jurist国際法判例百選〔第二版〕』(有斐閣、2011年)216-7頁。

[注2]
大石眞「憲法解釈の変更可能性を認め、規範を時代に適合させる」『第三文明』2015年12月号、23-4頁。

[注3]
藤田宙靖「覚え書き ―集団的自衛権の行使容認を巡る違憲論議について」『自治研究』第92巻、第2号(2016年)5頁。

[注4]
同、25頁。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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