コラム

戦後70年談話報告書に学ぶ平和主義の歩み

2015年08月07日(金)13時51分

 国連憲章で認められた武力行使は、2つだけである。1つ、国連憲章51条の自衛権の行使、そしてもう1つは国連安保理決議に基づいた制裁措置である。いずれも、目的は平和の回復である。第一次世界大戦後に国際連盟は、平和の回復を国際世論と経済制裁のみにたよって実現しようとした。しかしながら、歴史が示すように、国際世論と経済制裁のみではあまりにも無力であった。侵略を阻止して、平和を破壊する行為を未然に防ぐためにも、あるいは侵略が発生して平和を回復するためにも、国際社会は十分な軍事力をもってそのための努力をしなければならない。国際社会がもしも何もしなければ、世界は侵略であふれ、権力政治に基づいて小国は軍事大国の餌食となり、力に基づいて自らの利益を拡大しようとする国が増えるであろう。それが、戦前の歴史から学んだ教訓であった。

 とはいえ、自衛権の行使には、国際法上きわめて厳しい制約と要件が存在する。よく知られているとおり、1986年の国際司法裁判所(ICJ)におけるニカラグア事件の判決では、集団的自衛権行使のための条件として、被攻撃国が武力攻撃を受けたことを宣言し、かつ援助の要請があることを指摘した。また、そのような集団的自衛権の行使は、あくまでも、「均衡性のある対抗措置」として、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間の「保全的措置」としてのみ、認められている。

 すなわち、たとえばオーストラリアが他国に武力で攻撃されたとしても、そのオーストアリアが実際に日本に援助を要請しない限り、日本独自の判断や、あるいは同盟国であるアメリカからの要請のみでは、国際法上は集団的自衛権の行使は認められないことになる。集団的自衛権の行使の濫用が、不必要な武力行使へと至らぬように、このような厳しい条件が課されているのだ。

 さらには、今回の平和安全法案では、このような通例の国際法上の厳しい要件に加えて、よりいっそう厳格な憲法第9条に基づいた要件が課されている。すなわち、上記の例で言えば、たとえオーストラリアが武力攻撃を受けて、オーストラリアが日本政府に援助を要請したとしても、そのような武力攻撃が「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ような事態でなければならないのだ。すなわち、武力攻撃を受けたオーストラリアが、自衛隊が高い能力を有する警戒監視活動や水中機雷除去のための掃海活動を日本政府に要請したとしても、地球の裏側のオーストラリアへの武力攻撃が日本国民の生命や自由を根底から覆すような事態でなければ、憲法解釈上日本は援助ができないのだ。だとすれば、そのようなオーストラリア政府からの要請を、日本政府は拒絶しなければならないのだ。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ロシア・ウクライナ和平実現へコミット=

ワールド

米カリフォルニア州で山火事、ゴールドラッシュ時代の

ワールド

米ウクライナ、共同投資基金の初会合開催=ウクライナ

ワールド

トランプ政権、関税巡り最高裁に上訴 迅速審理を要請
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story