コラム

よみがえった「サウジがポケモンを禁止」報道

2016年06月28日(火)16時32分

AJ/AA-REUTERS

<「ポケモンはハラーム」との記事が日本のニュースサイトに出たが、そんなはずはない。多神教で進化論的なポケモンを禁止するお触れはもう15年も前に出ている。記事の出元をたどってみると、英語版ニューズウィーク、そしてMEMRIという非営利調査・研究機関のようだが......> (2001年、ヨルダンの新聞の風刺画。剣を持った真ん中のアラブ人のプラカードは「ポケモンを倒せ。ポケモンはシオニストの陰謀だ」)

 1か月ほどまえのこと、何の気なしにフェイスブックだかツイッターだかをながめていたら、サウジアラビアでポケモンが禁止されたとのニュースが流れてきた。出所はスプートニク・ニュース(日本語版)で、それによると、「猫と一緒のセルフィや、アニメ「ポケモン」のキャラクターが登場するボードゲームやカードゲームを禁止するファトワ(宗教令)が出された」というではないか。

 誤解を招くといけないので、正確に引用しよう。「神学者のサラハ・ビン・ファウザン・アル=ファウザン氏は、特に猫と一緒のセルフィは害であるとし、動物とのセルフィは西洋文化崇拝の証拠だと指摘した。/別のファトワでは、アニメ「ポケモン」のボードゲームとカードゲームをすることが禁止されている。」そんなバカな、である。

 神学者ファウザン氏とは正確にはイスラーム法学者のサーリフ・ファウザーンである。これを素直に読めば、ファウザーンがファトワーを2つ出して、それぞれセルフィー(自撮り)とポケモンを禁止したと理解できる。「そんなバカな」といったのは、ポケモンを禁止するお触れはもう15年も前にサウジアラビアで別の法学者によって出されていたからだ。

【参考記事】死と隣り合わせの「暴走ドリフト」がサウジで大流行

 サウジアラビアがまたぞろやらかしてくれたかと思って、スプートニク・ニュースをよく読んでみると、ニューズウィーク誌が出元だという。そこで同誌のサイトを調べてみると、日本版には該当する記事がなく、あったのは英語版であった。そこでは、ファウザーンのファトワーの部分につづき、1月にサウジアラビアでアールッシェイフ総ムフティー(ムフティーはファトワーを出す人の謂い)がチェスを禁止するファトワーを出したとなっており、さらに、彼が、キリスト教やユダヤ教を広めようとしているとしてポケモンを禁止したとつけ加えている。ニューズウィークではいちおうセルフィーを禁止した人とポケモンを禁止した人が別人であることが明言されているので、スプートニクの記事はやはり不正確というべきだろう。

底意地の悪い親イスラエル派組織

 ちなみにニューズウィークは、ファウザーンの発言に関しMiddle East Media Research Institute(MEMRI)の公開したビデオに依拠したといっている。このMEMRIという組織、非常に興味深い。日本語版ウェブサイトに出ている紹介によれば、「1998年2月、アメリカの対中東政策をめぐる論議に関し、情報提供を目的として設立された超党派の非営利調査・研究機関。寄付行為で運営している」とある。中東のニュースを日々フォローしている人であれば、一度ぐらいお目にかかっているかもしれない。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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