ニュース速報
ワールド

アングル:ベネズエラ船攻撃、「麻薬密輸」と主張も詳細明かさぬトランプ政権

2025年09月12日(金)13時35分

 9月10日、米軍がカリブ海でベネズエラ発の船舶を攻撃し、11人を殺害したとトランプ米大統領が表明してから1週間以上が経過したが、その作戦の大部分は現在も謎に包まれている。写真は米軍の攻撃により撃沈したとみられるベネズエラ発の船舶。トランプ氏が2日、自身のSNS「トゥルースソーシャル」に投稿した映像より。提供画像(2025年 ロイター)

Patricia Zengerle

[ワシントン 10日 ロイター] - 米軍がカリブ海でベネズエラ発の船舶を攻撃し、11人を殺害したとトランプ米大統領が表明してから1週間以上が経過したが、その作戦の大部分は現在も謎に包まれている。

トランプ氏のチームは2日に実施された攻撃の様子を収めた映像を公開し、麻薬を輸送していたベネズエラのギャングのメンバーを殺害したと発表した。ただ、誰が乗船していたのか、どんな違法薬物が積載されていたのか、攻撃がどのように実行されたのか、当局は今も明らかにしていない。

一部の専門家は、単なる麻薬密輸の疑いだけで人々を殺害するという決定について、国際法に違反するのではないかと指摘する。通常、違法薬物の密輸で死刑判決が言い渡されることはない。

ボートの行き先について、当局はさまざまな見解を示している。攻撃の直後、ルビオ国務長官は記者団に対し、カリブ海のトリニダード・トバゴに向かっていたのではないかと述べた。その後、トランプ氏は米国に向かっていたと発言。ルビオ氏は後に自身の発言を修正した。

通常、法的に義務付けられている書面による通知とは別に説明が行われるが、議会は攻撃後の1週間、こうした説明を一切受けることはなかったという。これは民主党議員らの怒りを買い、アナリストらも異例だと指摘した。

「政権は通常、より積極的な関与を示すものだ」とブルッキングス研究所のスコット・アンダーソン研究員は言う。「1週間経過してもなお、何が起きたか、なぜ起きたかについて説明がないのは、奇妙だ」

国際水域でのこうした行動については、トランプ氏が自身の大統領権限を拡大しようとする中で、その限界を試している最新の例だと批判する声も上がった。合衆国憲法では、戦争を宣言するのは大統領ではなく議会だと定めている。

トランプ氏は議会への通達の中で、麻薬密売によって何万人もの米国人が死亡しているとして、船舶は「指定されたテロ組織に属し、違法な麻薬密売活動に従事しているとみなされた」と述べた。

トランプ氏は米国がテロ組織に指定しているギャング組織「トレン・デ・アラグア」を率いているとして、ベネズエラのマドゥロ大統領を非難してきた。マドゥロ氏は同組織とのつながりを完全に否定し、ベネズエラ政府は同組織の活動を2年前に停止していると表明した。

専門家らはトランプ氏の説明について、今回の攻撃が国際法に違反しているかどうかという懸念に触れていないと話す。民間人が殺害された一方、米政権は船舶の積載物に関する証拠を提示しておらず、乗組員が武力攻撃を行うと脅迫したという点についても立証していないと指摘した。

ニューヨーク大学ロースクールのシニアフェローで、主に法律や政策を扱うオンラインジャーナル「ジャストセキュリティー」の共同編集長も務めるテス・ブリッジマン氏は、「『テロリスト』という言葉を使ったところで事実は変わらない」とソーシャルメディアに投稿した。

「もしこれが、ベネズエラやその他の場所で、同意なく武力行使するための土台作りであるなら、違法かつ不必要な戦争につながりかねない」とブリッジマン氏は記した。

<乏しい情報>

麻薬カルテルのメンバーとされる人々の殺害に関する不明瞭な詳細は、トランプ氏が2期目に就任した今年1月以降の他の軍事行動に対して取ってきた行動とは対照的だ。

6月にイランの複数の核施設を空爆した際、米政権は議会議員向けの説明会を実施し、ヘグセス国防長官と米軍制服組トップのケイン統合参謀本部議長が作戦について記者会見を行った。

麻薬関連の取り締まりでは、米沿岸警備隊が船舶を無力化した上でだ捕し、乗組員を逮捕して裁判にかけるというのが通常の流れだと専門家らは説明する。

「このボートに何の薬物が積載されていたか、どんな証拠があるかさえも不明だ」とテュレーン大学のベネズエラ専門家、デビッド・スミルデ氏は言う。

スミルデ氏は、麻薬取引ではスピード性能の高い「ゴーファストボート」が使われることが多いが、その際の乗員数は大抵11人をはるかに下回ると指摘。当該ボートに乗っていた人々の少なくとも一部は難民の可能性もあるとの見方を示した。

「違法薬物との闘い」を掲げるトランプ氏の新たなアプローチにより、米ベネズエラ間の緊張は高まっている。

トランプ氏は麻薬カルテルに対する作戦として、最新鋭ステルス戦闘機「F35」10機を米自治領プエルトリコに派遣するよう命じたほか、海軍兵および海兵隊員4500人以上を乗せた軍艦少なくとも7隻をカリブ海に派遣した。

第22海兵遠征部隊の海軍・海兵隊員らもプエルトリコ南部で水陸両用訓練と飛行作戦を行っている。

<さらなる軍事行動の可能性>

米当局はさらなる軍事的措置の可能性も否定していない。ヘグセス国防長官は8日、カリブ海への部隊派遣について、訓練のためでなく、麻薬対策任務の「前線」に送られたのだと兵士らに語った。

大規模な作戦について通常であれば説明を受けるはずの議員らは、ほとんど、あるいは全く情報が提供されていないと話す。

「ホワイトハウスから、誰が標的だったのか、背景となった情報は何か、なぜ攻撃が実施されたのか、いかなる説明も受けていない」と米議会下院軍事委員会の民主党トップを務めるアダム・スミス下院議員は8日に述べた。

共和党のランド・ポール上院議員は、裁判もなしに麻薬密売の容疑者らを爆破するのは「憂慮すべき政策」だと述べた。

「ただ船を爆破するだけでは、何も問題は起きないと言うつもりなのだろうか。(殺害された)人々の名前を知っている人はいるか。彼らが何をしていたか、証拠を提示する者はいるだろうか」とポール氏は8日午後、記者団に語った。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ネパール、暫定首相にカルキ元最高裁長官任命の見通し

ビジネス

「金利低すぎ、インフレ心配」、日銀利上げに期待感=

ワールド

台湾外交部長と中国外相が今週訪欧、地域と日程かぶる

ビジネス

ECB、12月理事会は「情報が豊富」=ラトビア中銀
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 5
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 6
    毎朝10回スクワットで恋も人生も変わる――和田秀樹流…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    村上春樹が40年かけて仕上げた最新作『街とその不確…
  • 9
    謎のロシア短波ラジオが暗号放送、「終末装置」との…
  • 10
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 7
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中