ニュース速報
ワールド

アングル:飢餓が奪うガザの子供たちの未来、精神と身体に長期的影響

2025年09月10日(水)18時33分

 9月8日、飢餓はパレスチナ自治区ガザの子どもたちの身体に痕跡を残している。写真は8月、ガザの病院で栄養失調の子どもを診察する医師(2025年 ロイター/Dawoud Abu Alkas)

(1段落目の文言を変更しました。)

[ロンドン 8日 トムソン・ロイター財団] - 飢餓はパレスチナ自治区ガザの子どもたちの身体に痕跡を残している。やせ細った顔に落ちくぼんだ目、まばらな頭髪、浮き出た肋骨、乾いた皮膚、そして喜びを失った無感情。飢餓はまた多くの命も奪ってきた。

専門家らによると、生き延びた子どもたちにとっても、飢餓とほぼ2年に及ぶ容赦ない戦争、避難生活に伴う身体的および精神的な負担が身体や頭脳を傷付け、将来の健康や能力に影響が生じるだろうという。

世界保健機関(WHO)のガザ栄養技術責任者マリーナ・アドリアノポリ氏はジュネーブからのインタビューに対して、子どもが人生の最初の1年間に十分な食糧を得られなければ、とりわけトラウマやストレスと重なる場合は、さまざまな「長期的な影響や不可逆的な損傷」が生じることが世界的な研究の結果で示されていると述べた。

記憶力、言語能力、学習力、生産能力が全て影響を受ける可能性があるという。

アドリアノポリ氏は「急性栄養失調や慢性栄養失調にかかる子どもの割合が高ければ、一世代全体が身体的成長や社会経済的な潜在能力に永続的な影響を受けるリスクがあるだけでなく、トラウマやストレスが永遠に続くかもしれない」と語った。

ロンドン衛生・熱帯医学大学の臨床准教授マルコ・ケラック氏によると、子どもは臓器がまだ発育段階にあるため最も深刻な長期的影響を受けやすいという。

ケラック氏は「生まれてからの数年間は重要で、エピジェネティクスのスイッチ、つまり遺伝子を使うかどうかのオン・オフがある。そのため、特に生まれてからの1000日間の最も幼い子どもたちが影響を受けるのだ」と述べた。

「飢饉や幼少期の栄養失調を生き延びた人々を巡る多くの研究で、心臓病、糖尿病、高コレステロールといった慢性疾患のリスク、逆説的ながら体重過多や肥満のリスクが高まることが分かっている。さらに精神的健康に対する影響もある」

ガザの保健当局によれば、この数週間で131人の子どもを含む370人が厳しい食糧不足のために栄養失調や餓死で亡くなった。

人道問題を担当するイスラエル軍の援助調整機関COGATは7日、過去1週間で1900台以上のトラックで、大半が食糧である支援物資を配送したと発表した。援助団体や外国当局者はさらに支援が必要だと述べている。

ある国連高官は7日、飢饉のさらなる拡大を防ぐためには「わずかな時間しか残されていない」と述べ、イスラエルに対し支援物資の配送を妨げないよう要請した。

世界的な飢餓監視機関によれば、ガザ市を含む地域で数十万人のパレスチナ人が既に飢饉に直面しているか、そのリスクにさらされている。イスラエルはガザ市で武装組織ハマスに対して新たな攻撃を開始した。

急性栄養失調は免疫システムを弱め、下痢や肺炎のような感染症を増加させる。こうした感染症はとりわけ安全な飲料水や医療体制機能が存在しない状況で致命的になり得る。

栄養失調はまた、援助物資の配給所で並んでいてイスラエルの攻撃を受けてけがをした人々のように、負傷者の治癒能力にも影響する。

ケラック氏は「感染症と栄養失調の悪循環と言える状況があり、軽度の栄養失調の人々でもとりわけ長期化すればますます健康状態が弱くなる」と話した。

「子どもたちがいったん通常の体重を取り戻しても死亡や感染症、さらに発達不良のリスクがずっと高いままになる。だそういう子どもたちは栄養失調にかかった後の数カ月からさらには1年または2年以上にわたりそうしたリスクを抱え込む」という。

ケラック氏は第二次世界大戦末期のオランダ冬季の飢餓に関する研究を挙げて、胎児期のビタミンやミネラルなどの不足と神経発達性統合失調症や関連する人格障害につながりがあることを示していると述べた。

<「残酷で邪悪な」戦争>

地元保健当局によると、6万4000人以上のパレスチナ人が過去23カ月間でイスラエル軍により殺害された。

国際非政府組織(NGO)セーブ・ザ・チルドレンは6日、子ども2万人以上がこれまでに戦闘で殺害され、平均すると1時間当たり子ども1人が犠牲になっていると発表した。

セーブ・ザ・チルドレンはガザ政府メディア局が発表したデータを引用し、ガザの子ども人口の約2%が既に死亡し、その中には1歳未満の子どもが少なくとも1009人含まれていると述べた。さらに数千人が行方不明になっているかがれきの下に埋もれているとみられるという。

セーブ・ザ・チルドレン中東・北アフリカ・東欧地域ディレクターのアフマド・アルヘンダウィ氏は声明で「この戦争はガザの子どもと子どもたちの未来に対する残酷で邪悪、かつ意図的な戦争であり、一世代が奪われたのだ」と非難。「国際社会が行動を起こさなければ、将来のパレスチナ社会が絶滅するという真に差し迫ったリスクに直面している」とも語った。

世界最大のジェノサイド学者団体は、イスラエルがガザで大量虐殺を実行していると述べた。

アドリアノポリ氏は、ガザの人口のほぼ3分の1が「壊滅的な状況に直面している」と話した。

アドリアノポリ氏によるとスーダン、南スーダン、イエメンの飢饉といった他の事例と比べても、ガザにおける状況悪化のスピードは特に衝撃的だという。こうした国々は危機の前から急性栄養失調の割合がしばしば高かった。しかしながら、ガザはイスラエルの攻撃前は急性栄養失調の割合が1%未満であり「前例のない」状況にしている。

ガザの栄養失調の子どもたちはすぐに利用できる治療食や補助食が必要であり、乳児は治療用粉ミルクが必要となる可能性がある。重度の急性栄養失調の子どもたちは病院で医療的な手当てを受けなければならない。しかし、こうしたことが全て不足している。

アドリアノポリ氏は戦争が始まってほぼ2年が経過し「人々は疲弊し、体力の蓄えは尽きている。栄養失調に関連した死亡の報告数が増加し、外傷を負った患者が回復できないと医師が報告していることからも明らかだ」と語った。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米PPI、8月前月比-0.1% サービス低下で予想

ワールド

高速道路インフラに不正無線か、米当局が検査指示 中

ワールド

ネパール首都は明朝まで外出禁止、市街を兵士巡回 死

ワールド

米政権のワクチン政策、科学的根拠「ある」24%にと
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題」』に書かれている実態
  • 3
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒否した母親、医師の予想を超えた出産を語る
  • 4
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 5
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 6
    カップルに背後から突進...巨大動物「まさかの不意打…
  • 7
    毎朝10回スクワットで恋も人生も変わる――和田秀樹流…
  • 8
    富裕層のトランプ離れが加速──関税政策で支持率が最…
  • 9
    ドイツAfD候補者6人が急死...州選挙直前の相次ぐ死に…
  • 10
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にす…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 5
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 6
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 9
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒…
  • 10
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中