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アングル:軍事費拡充急ぐ欧州、「聖域」の軍隊年金負担が制約に

2025年05月10日(土)13時00分

 欧州諸国は、増大するロシアの脅威やトランプ米大統領が欧州安全保障への米国の支持を転換させつつあることを受け、軍事費の拡充を急いでいる。写真は、オランダの退役軍人らによる戦没者追悼パレード。5月5日、オランダのワーヘニンゲンで撮影(2025年 ロイター/Piroschka van de Wouw)

Leigh Thomas

[パリ 7日 ロイター] - 欧州諸国は、増大するロシアの脅威やトランプ米大統領が欧州安全保障への米国の支持を転換させつつあることを受け、軍事費の拡充を急いでいる。だが軍隊の年金支出負担がこうした軍拡計画を制約する可能性があることが、ロイターがまとめた北大西洋条約機構(NATO)加盟国の防衛予算データで明らかになった。

ロイターが分析したNATO加盟国のうち10数カ国では、軍隊の年金支出が防衛費の大きな部分を占めていた。この予算を軍備の拡充に振り向けることは理論的には可能とみられるが、専門家は退職給付を削減すると人員募集が困難になると警告する。

元NATO防衛投資担当事務次長のカミーユ・グラン氏は、「防衛支出の中には、能力や部隊の増強に資することなく、年金に充てられているものが少なくない」と述べた。

欧州諸国は、NATOの集団防衛のために国内総生産(GDP)の2%を軍事費に支出する目標を掲げているが、長年達成できていない国が多い。このことはトランプ氏の怒りを買っており、同氏は現在、支出額をGDPの5%に引き上げるよう要求している。

NATO加盟国32カ国のうち、GDPの2%を軍事支出に充てている国は現在23カ国で、21年の6カ国から増加した。しかし、軍事支出に年金負担の支出を含めることができるルールがあるため、軍事費の実態が見えにくくなっている。

NATOは、加盟国それぞれの軍隊の年金支出を公表していないが、ロイターはこのうち国内や国連に支出の詳細を報告している13カ国のデータをまとめた。13カ国には米国やカナダ、欧州11カ国が含まれる。

このうち、ベルギー、ブルガリア、イタリアでは、防衛予算の約20%が兵士の退職年金に使われ、フランスでもその割合は16%近くに達した。ドイツの年金負担は防衛支出の11.5%で、比較的低かった。複雑な歴史を持つドイツは伝統的に軍拡を容認してこなかったが、現在は軍事力の増強を急いでいる。ドイツの国防省はコメント要請に応じなかった。

ロイターが分析した13カ国の年金支出の平均は、防衛予算の12%だった。

13カ国に含まれる欧州11カ国のうち8カ国がGDPの2%の支出目標を昨年達成した。しかし、年金支出を除外すると、目標を達成した国の数はわずか5カ国に減少する。

<戦力か年金か>

NATO全体としての軍事費支出は増加しているものの、一部の加盟国は依然として遅れをとっている。ベルギー、イタリア、スペインは、今年の6月24─25日にハーグで開催されるNATO首脳会議に間に合うように、2%の目標を達成することを約束している。一方のトランプ氏は、そこで目標を5%に引き上げる合意を望んでいる。

NATOのルッテ事務総長は、加盟国に対し、防衛支出をGDPの3.5%に引き上げ、さらに1.5%をより広範な安全保障関連の支出に充てることを提案したと、ロイターが3日に報じた。ブリュッセルのシンクタンク、ブルーゲルのアルミン・スタインバッハ氏は、各国が支出の増加を議論する際には、実際に戦力を増強することが目標であるべきだと指摘する。

「多くの資金が給与や年金に使われるなら、それは生産的な投資ではない」と同氏は指摘した。

しかし、それは簡単ではない。

イタリアのジョルジェッティ経済財務相は4月、歳出増が必要だと「痛感している」と述べた。しかし、同相は同時に、NATOの期待に応えるため、現在は軍事費から除外している年金負担の費用を反映させるよう会計処理を一部変更する可能性があると述べた。

イタリアが国連に報告した2023年の軍事年金支出は52億ユーロ(約8500億円)で、軍事費全体の18%を占め、航空機や艦船への支出を上回っている。

フランスは、巨額の財政赤字により防衛力の強化は限定的だが、年金支出のおかげでかろうじて2%の目標を達成している。この支出がなければ、NATOで4番目に大きな軍事力を持つフランスの今年の支出は1.7%にとどまる。国防予算には年金への支出が95億ユーロ含まれており、航空と潜水艦搭載の核兵器の維持費57億ユーロをはるかに上回っている。

<軍人恩給は聖域>

欧州の同盟国が膨れ上がった年金負担を抱えているのに対し、NATO最大の軍事力を持つアメリカは、防衛予算の8.5%相当の額を退職年金に費やしている。米政府はその予算の多くを他の政府部門に振り分け、防衛支出への直接的な影響を制限している。

米軍退職基金が昨年給付した720億ドル(約10兆円) のうち、国防総省の予算から直接支払われたのは240億ドルに過ぎない。基金の監査報告書によれば、残りは投資収入と米財務省からの補助金によるものだという。この件について、ホワイトハウスはコメントの要請に応じなかった。

ベルギーなど一部の欧州諸国は、軍人年金問題に直接取り組む姿勢を示している。

ベルギーの兵士は現在、56歳で満額の給付を受けて引退できる。しかしベルギー政府は軍隊の定年を段階的に67歳まで引き上げることを検討している。これについて、ベルギー国防省はコメント要請に応じなかった。

退職条件や給付は国によって異なる。しかし、多くの国の軍隊では民間の仕事よりも早く退職できることが軍隊の特典の一つであり、多くの人が聖域と考えるものを脅かす改革は難航する可能性がある。

欧州の兵士の権利を擁護する団体ユーロミルのエマニュエル・ジェイコブ会長は、各国が軍人年金を削減するのには限界があると述べた。

「軍隊の男女に投資しなければ、最後には大きな駐車場に立派な戦車が並ぶだけで、それを動かす人が誰もいなくなるだろう」。

ロイター
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