ニュース速報
ワールド

アングル:サウジに「人権問題隠し」批判、eスポーツW杯開催で

2024年09月07日(土)10時45分

 サウジアラビアの首都リヤドで7月から8月にかけて8週間にわたり初の「eスポーツ・ワールドカップ(W杯)」が開かれた。しかし、サウジが国内の人権問題から目をそらす「スポーツウォッシング」を図っているとの冷めた見方もあり、大会をボイコットする動きもあった。リヤドで2023年7月撮影(2024年 ロイター/Ahmed Yosri)

Nazih Osseiran

[ベイルート 2日 トムソン・ロイター財団] - サウジアラビアの首都リヤドで7月から8月にかけて8週間にわたり初の「eスポーツ・ワールドカップ(W杯)」が開かれた。大会は6000万ドルの賞金を目指して1500人が腕を競い、全ゲーマーの注目を集めた。しかし、サウジが国内の人権問題から目をそらす「スポーツウォッシング」を図っているとの冷めた見方もあり、大会をボイコットする動きもあった。

サウジは実力者ムハンマド皇太子が旗振り役となり、製造業の育成や観光産業の促進などを通じて脱石油収入型経済の構築を図る「ビジョン2030」を策定。スポーツやeスポーツ、コンピューターゲームは、この数十億ドルの構想に含まれている。

デンマークのスポーツ研究所が運営する民主化イニシアチブ「プレイ・ザ・ゲーム」のアナリスト、スタニス・エルスボルグ氏は「サウジがこの分野に手を出したのは巧妙だった。より若い層にアクセスできる」としつつ、「スポーツの価値を利用して国内で実際に起こっていることを覆い隠すという大きな戦略であり、重大な課題を突き付けている」と指摘。これまであまり外部の影響を受けずに拡大し、性的少数者などの居場所を作り上げてきたeスポーツのコミュニティが、サウジの影響力や政治的な目的に巻き込まれかねないと危惧を示した。

サウジはサッカー、F1、ボクシング、ゴルフなどのスポーツに多額の資金を投じることで人権問題から目をそらそうとしていると批判を浴びている。ムハンマド皇太子は昨年のフォックスニュースのインタビューで、こうした批判は気にしていないと述べ、スポーツが国内総生産(GDP)に貢献するならば引き続き資金提供を行うとの考えを示した。

<多額の投資>

サウジはコンピューターゲーム業界に数十億ドル規模で投資し、eスポーツを支えている。

政府系ファンドのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)は81億ドルを投じてアクティビジョン・ブリザード、エレクトロニック・アーツ、テイクツーといったゲーム大手企業の株式を取得した。「サウジの投資額は、どのような文化的、政治的問題も圧倒する」と、コンピューターゲームコンサルタントのロッド・ブレスロウ氏は言う。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は2020年に、サウジ政府の「お粗末な人権問題を覆い隠す」努力に対抗する世界規模のキャンペーンに乗り出した。HRWは2018年に起きたジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害にムハンマド皇太子が関与した疑いがあり、22年3月から23年6月にかけてイエメンからサウジに越境しようとした数百人のエチオピア人難民が殺害されたなどと訴えている。サウジ当局者はこうした主張には「根拠がない」などと関与を否定している。

サウジでは女性の権利が大幅に制限されている。また22年には1日で81人の男性がテロ行為などの罪で処刑されている。

<eスポーツ推進>

しかし、こうした批判にもかかわらず国際オリンピック委員会(IOC)は7月、eスポーツの新設大会「オリンピック・eスポーツ・ゲームズ」の第1回を2025年にサウジで開催すると発表。アブドルアジズ・スポーツ相は「サウジはプロeスポーツのグローバルな拠点になった。これは若いアスリート、わが国、そして世界のeスポーツコミュニティにとって自然な次のステップだ」と決定を歓迎した。

サウジはeスポーツ、スポーツ、エンターテインメントの施設建設も進めている。リヤド近郊のキディヤでのテーマパーク建設計画は2018年に発表された最初の巨大プロジェクト構想の一つ。開業の予定は22年だったが、工事の遅れで25年にずれ込んだ。年間1000万人の来訪を見込むゲームとeスポーツの地区も設置される予定だ。

さらにサウジでは国の指導者らがeスポーツ界に密接に関わっている。「プレイ・ザ・ゲーム」の調べによると、王族の女性メンバーであるリーマ・ビント・バンダル駐米大使の兄弟がeスポーツ部門でいくつかの重要な役職に就いている。

リヤドのW杯は一部のゲーマーが参加を見送る一方で、サウジの運営を評価し、人権問題は懸念していないとの声も聞かれた。ある参加者は「大会に来て、代表として競技に勝ち、去るだけだ」と話した。

コンサルタントのブレスロウ氏は、W杯開催でサウジなど中東地域のeスポーツ界が盛り上がるとしつつ、今回の大会には包括性の面で問題が残ったと苦言を呈した。多様な性を象徴する「プライドフラッグ」が描かれたジャージを身に着けることができたのは選手だけで、ファンには認められていなかったという。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏GDP、第3四半期速報+0.2%で予想上回

ワールド

エヌビディア「ブラックウェル」、習主席と協議せず=

ビジネス

米中首脳の農産物貿易合意、詳細不明で投資家失望

ワールド

日韓首脳が初めて会談、「未来志向」の協力確認 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨の夜の急展開に涙
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理…
  • 6
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 7
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中