物価目標2年で実現できず、異次元緩和に懐疑論=15年上半期・日銀議事録

7月16日、 2015年、原油価格の大幅調整を受けて物価見通しが下振れた結果、日銀は4月の展望リポートで物価目標の実現時期を後ずれさせた。日銀本店前で1月撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)
Takahiko Wada Takaya Yamaguchi Kentaro Sugiyama
[東京 16日 ロイター] - 2015年、原油価格の大幅調整を受けて物価見通しが下振れた結果、日銀は4月の展望リポートで物価目標の実現時期を後ずれさせた。13年4月に「2年程度の期間を念頭に、できるだけ早期に」物価目標を実現すると宣言して異次元緩和にこぎ出した黒田日銀だったが、目標の実現はかなわず、ボードメンバーから政策の枠組みに対する懐疑的な見方が出されるようになる。(肩書きは当時)
<物価目標、2年で達成できず>
需要低迷や米国でのシェールオイル増産で14年後半から進んだ急激な原油価格の下落が、15年冒頭の日銀・政策委員会を悩ませた。
1月の決定会合で行った14年10月の展望リポートの中間評価では、変動が大きい原油価格の前提をそろえた上で見通しを作成した。原油価格の下振れを主因に15年度の物価見通しは大きく下方修正となったが、中曽宏副総裁は、原油価格下落の影響が減衰する15年度後半以降には「物価安定目標に向けて前年比上昇率が高まっていくパスを想定できる」として、「15年度を中心とする期間に2%程度に達する可能性が高い」との見通しを変える必要は「取りあえずはない」と述べた。
しかし、日銀は4月の展望リポートで物価見通しをさらに引き下げた。15年度の消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年度比プラス1.0%からプラス0.8%とし、物価目標の実現は「2016年度前半ごろ」と後退させた。
中曽副総裁は4月30日の決定会合で、物価目標の達成時期は「従来のタイミングからは約1四半期程度」後ずれするとし、その主因として個人消費の一部で改善の動きが鈍く、需給ギャップの改善が遅れていると発言。ただ、物価が徐々に上がっていく展望自体は変更する必要がないとした。黒田東彦総裁は物価目標実現にとって非常に重要なのは「物価の基調」だと指摘。物価の基調を規定する需給ギャップは先行き改善が見込まれ、中長期の予想物価上昇率も原油価格の下落にもかかわらず「やや長い目で見れば」全体として上昇していると話した。企業の賃上げ実現見通しにも触れた。
展望リポートで物価目標の実現時期を16年度前半としたことで、異次元緩和開始時から掲げてきた「2年程度の期間を念頭に、できるだけ早期」の物価目標実現はかなわない見通しになった。ただ、黒田総裁はこのコミットメントを変更しなくても良いのではないかと述べた。「日本銀行が2%の物価安定の目標の早期実現にコミットすることで、デフレマインドを転換して予想物価上昇率を引き上げるということは、デフレ脱却という目的そのものであると同時に、量的・質的金融緩和の政策効果の起点でもある」と主張した。
<「均衡イールドカーブ」の概念登場>
15年上半期、日銀は1度も政策変更しなかった。しかし、異次元緩和のスタートから2年が経過し、物価目標の実現が遠のいたことで、政策委員からは量的・質的金融緩和の枠組みへの懐疑的な見方や枠組みの変更につながるような発言が出るようになった。
木内登英委員は3月会合で「政策効果の発現で重要な役割を果たす実質金利の低下傾向に歯止めがかかる中、政策効果は逆に逓減しているようにもみえる」と述べた。木内委員は4月7―8日の決定会合で、マネタリーベースおよび長期国債保有残高について、年間80兆円の増加ペースを年間45兆円に減額することを提案した。「国債市場での日銀の存在が過大になっている結果、各種金融・資産価格のベースとなっている国債利回りが過度に歪められ、既に多様な不均衡を生み出している可能性がある」と述べるなど、緩和がもたらす副作用に警戒感を示した。
6月会合で佐藤健裕委員は「今の政策は、イールドカーブ全般にわたって均衡イールドカーブよりも低く抑え込むことによって政策効果の発現をじっくりと待つという趣旨だと理解している」と述べた上で、イールドカーブ全般にわたって金利を均衡イールドカーブよりも低く抑え込むために「昨年10月末の買い入れの拡大が果たして本当に必要だったかどうか、あるいは今も必要かどうかについては、昨年10月末の量的・質的金融緩和の拡大に反対したこともあり、若干疑問なしとしない」と述べた。
佐藤委員が言及した「均衡イールドカーブ」は、景気を加速も減速もさせない中立的な実質金利である「均衡実質金利」の概念をイールドカーブを形成する全ての年限に拡張した概念。15年6月、日銀・企画局の職員が「均衡イールドカーブの概念と計測」と題する論文を発表し、その中でこの概念が「伝統的な金融政策のみならず、イールドカーブ全体に働きかける非伝統的な金融政策においても、政策運営上の指針となることが期待される」と述べた。日銀がマイナス金利導入を経て、イールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)に移行するのは論文発表の1年3カ月後のことだ。
<木内委員にリフレ派の攻勢>
異次元緩和の効果に異を唱え、毎回の会合で反対票を投じる木内委員に対しては、リフレ派のボードメンバーが議論を挑む場面が毎回見られるようになった。
3月に就任した原田泰委員は、初めて出席した4月7―8日の決定会合以降、毎回、木内委員に発言の真意を質した。木内委員が4月30日の会合で「物価の基調は、金融政策が決めるものでもマネーが決めるものでもない」などと発言したことをとらえ、岩田規久男副総裁が「木内委員は一体ここに何をしにいらっしゃったのか」と厳しい言葉を浴びせる場面もあった。