ニュース速報
ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自動車産業に見る関税措置の教訓

2025年04月19日(土)13時41分

 ブラジル政府は2011年、自国自動車市場の貿易障壁を引き上げた。写真は、ブラジルのサンベルナルド・ド・カンポの駐車場。4月15日撮影(2025年 ロイター/Paulo Whitaker)

Luciana Magalhaes Alberto Alerigi Jr

[サンパウロ 15日 ロイター] - ブラジル政府は2011年、自国自動車市場の貿易障壁を引き上げた。国内生産を増進し、雇用の安定や自動車の品質向上などの効果を狙った措置だった。

しかしその後、自動車メーカーは工場を新設しては閉鎖し、結果として雇用は減少。生産も大幅に縮小した。ブラジルの消費者は今では、近隣諸国と比べて5割も高い価格で同モデルの自動車を購入することが常態化し、技術面でも世界市場に遅れをとっている。

米国の自動車業界がトランプ大統領による関税措置に直面する中、経営幹部やアナリストたちは、かつて世界第4位の自動車市場だったブラジルとの共通点に着目している。ブラジルは今や、保護主義の危険性を示す事例として注目されている。

ドイツ自動車大手メルセデス・ベンツ の元ブラジル・ラテンアメリカ代表、フィリップ・シマー氏は、サンパウロに高級車工場を建設したものの、2020年に閉鎖され、手痛い教訓を身をもって学んだ。

シマー氏は言う。「ブラジルは、保護主義政策がどのような影響を与えるかを評価する上で良い例となるだろう。保護された市場は、どうしても遅れがちになる」。現在、同氏はアドバイザリー会社のMirow & Coに在籍し、関税によって引き起こされる非効率性について警鐘を鳴らしている。

2011年、ブラジル経済は好調で通貨も安定していたため、自動車輸入が急増。自動車労組と長年の繋がりがある与党・労働者党は警戒感を募らせた。

当時のルセフ大統領は、様々な輸入車に対して30%の増税を行い、国産車への課税を半分にした。同時に、自動車業界に雇用削減の凍結を求めた。 こうした政策と、12年に制定された現地生産比率を定める法律が重なり、ブラジルの自動車産業は1990年代の市場開放以来、最も保護主義的な方向へと舵を切った。

輸入は減少し、13年には国内生産台数が一時371万台と過去最高を記録。市場シェアを譲るか、ブラジル国内に工場を新設するかの選択を迫られた自動車メーカー数社は、メルセデス・ベンツを含め、現地組立ラインを開設することを選んだ。

しかし、多くの企業は国外既存供給網のような効率的な体制を構築できず苦戦。インフレの進行と経済の冷え込みにより、国内需要は落ち込んだ。そして、海外への輸出を拡大できるほどのコスト競争力を持った工場はほとんどなかった。

メルセデス・ベンツは早期に現地生産からの撤退を決定し、ブラジル唯一の工場を4年で閉鎖。その1年後には、1世紀にわたり操業してきた米大手フォード・モーター<F.N>もブラジル最後の工場を閉鎖した。

ブラジルの自動車産業の昨年の生産台数は255万台にとどまり、ピークだった13年と比較すると3分の1減少。自動車部門の雇用も、同期間におよそ20%減少している。

<競争力不足>

アナリストは、ブラジルの自動車産業が苦境に陥っている原因は保護主義だけではないと指摘する。資本、資材、労働にかかるコスト高が、ブラジルの競争力を低下させているという。

ブライト・コンサルティングのパートナーで業界アナリストの、カッシオ・パリアリーニ氏は「ブラジルのように資源が限られた国では、ある程度の保護貿易は必要だ」と述べている。

重い税負担も競争を厳しくする要因の一つだ。独立系自動車アナリスト、テレザ・フェルナンデス氏は、ブラジルではサプライチェーン全体でみれば、自動車価格の3分の1を税金が占めると試算する。

ブラジルの自動車メーカー団体アンファベアが発表した19年のPwCブラジルの調査によれば、メキシコで自動車を生産する方が、材料費と物流費の面でブラジルよりも18%コスト効率が良いことがわかった。税金を考慮に入れると、車種によってはその差は44%にまで広がる。

当然の結果として、トヨタ・カローラのハイブリッド車の新車価格は、メキシコでは2万1000ドル(約315万円)相当から、ブラジルでは3万4000ドル相当からとなっている。

ハイブリッド車や電気自動車も、ブラジルでは最近まで入手困難だった。輸入車との競争が少ないため、電気自動車をはじめとする新しい技術のブラジル市場への普及の勢いは緩やかだ。

メルセデス・ベンツの元幹部、シマー氏は、米国の関税に関する発表は、ブラジルの近年の歴史から誰もが同じ教訓を学んだわけではないことを示唆していると指摘する。

「現在の保護主義的な風潮には懸念を抱いている。これから、厳しい時代が続くのではないか」

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ436ドル安、CPIや銀行決算受

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中