コラム

穏やかな中国語で抗議しても、革命は起きない──問われる中国抗議デモの「質」

2022年12月05日(月)12時25分
デモ

北京のデモ隊と対峙する警官(11月27日) THOMAS PETERーREUTERS

<いまだ多くの国民が政府を支持し続けているように見える抗議行動では、体制に大きな変化をもたらす可能性は低い。「ベルリンの壁」よりも「プラハの春」に見える理由とは?>

ベルリンの壁が崩壊する何年も前の話だ。「鉄のカーテン」の向こうのいてつく深夜2時、私はチェコの友人とプラハの壮麗なカレル橋の上に立っていた。

私たちのほかには誰もいない。ブルタバ川の対岸にある電波塔の先に赤い光が点滅している。友人はそれを見て言った。「電波遮断所だ。(米政府の海外向け放送)ボイス・オブ・アメリカ(VOA)をブロックしているんだ」

私は1つだけ知っているチェコ語の罵倒の言葉を暗闇に向かって叫んだ。「クルバ(くそったれ)の電波遮断所!」

友人は驚きと恐怖で笑い、私たちは逃げ出した。次から次へと小さな路地を駆け抜け、体力の限界まで走った。

私がプラハを離れた2日後、警察は友人を捕らえ、破壊工作員のアメリカ人と共謀したとして殴る蹴るの暴行を加えた。共産党の全体主義体制が崩壊したのは、それから10年もたってからだった。

だから私は、中国各地の抗議行動が全体主義体制に大きな変化をもたらす可能性は低いとみている。延々と続く非人道的なゼロコロナ政策に抗議する勇気ある人々は、最初は私の「クルバ」より穏当な中国語で不満を表明し、やがて共産党指導部と習近平(シー・チンピン)国家主席にまで非難の矛先を向け始めた。

抗議の波は広がりを見せているが、習による毛沢東思想と行動規制の再強化に対する批判はまだ少数派だ。習体制には歴史上最も強力な統制手段と、人民解放軍をはるかに上回る治安関連予算がある。現時点で抗議行動は習体制の脅威にはなっていない。

「下からの革命」は既存の体制の破壊に成功しても、継続的な民主化には失敗するケースが大半を占める。大衆の蜂起が本格的な社会的・政治的変革につながるためには、決定的に重要な4つの条件が必要だが、今の中国には2つのみ、不十分ながら当てはまる。

第1の条件は社会が体制の正統性を拒否すること。今回の抗議行動は1989年の天安門事件以来、社会の不満が最高潮に達した証拠だ。若い世代の不満が特に大きいのは、グローバル化や教育、個人の権利と民主主義という欧米の規範に長年触れてきた結果、中国の政治・社会文化が変化したことを示している。

だが決定的に重要なのは、大半の国民が政府を支持し続けているように見えることだ。多くのデモ参加者が求めているのは社会的制約からの解放であり、革命ではない。

第2に、反対勢力を糾合して既存の権威に挑戦できる、新しい権力中枢の候補が存在すること。この権力中枢はレーニンやガンジーのような個人でも、支配層の一部(軍首脳や政治家、派閥など)でもいいが、習は政敵を徹底的に排除している。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、東部要衝都市を9割掌握と発表 ロシアは

ビジネス

ウォラーFRB理事「中銀独立性を絶対に守る」、大統

ワールド

米財務省、「サハリン2」の原油販売許可延長 来年6

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story