コラム

ドゥーギン娘の暗殺、いつもの「雑な自作自演」から見えるロシア諜報機関の対立

2022年08月29日(月)13時35分
ダリヤ・ドゥーギナ

ロシア当局は迅速に犯人を特定したが(現場を調べる捜査員) INVESTIGATIVE COMMITTEE OF RUSSIAーHANDOUTーREUTERS

<犯行からわずか数時間で犯人と身分証が判明した、謎の暗殺事件。2つの諜報機関の対立とプーチンの寵愛をめぐる争い、ウクライナ侵攻でしくじった責任のなすりつけ合いなど、泥沼の背後>

わずか数時間で、ロシア捜査当局は驚くべき法科学能力を獲得したらしい。

プーチン体制を支える極右思想家、アレクサンドル・ドゥーギンの娘ダリヤ・ドゥーギナが、モスクワ郊外で起きた自動車爆弾の爆発で死亡したのは8月20日。事件のほぼ直後、ロシア連邦保安局(FSB)はウクライナ情報機関職員のナタリア・ボブクを犯人と特定した。

FSBが提出した捜査資料には、ボブクがウクライナ南東部マリウポリの製鉄所で戦った「ネオ・ナチ」集団、アゾフ大隊に所属していたことを示す軍の身分証明書も含まれている。

当局の報告では、犯行に使用された爆発物は800キロに上った。当然ながら、ウクライナ政府はこれらの主張を虚偽として退け、ロシアの偽情報キャンペーンだと非難している。

犯行の標的はドゥーギンだった可能性がある。事件当時、父娘はそろって出席したイベントから帰宅途中で、ドゥーギナが父親の車を運転し、ドゥーギンは後続の車に乗っていた。しかし2人のどちらであれ、ウクライナが殺害したがるとは考えにくい。

ドゥーギンが唱えるユーラシア主義は、衰退するアメリカと「大ロシア」の対立は存在論的に不可避であり、ウクライナはCIAがつくり出した人工国家だというプーチン大統領の言説の基盤になっている。

だがドゥーギンが影響力を持ったのは20年も前で、娘はテレビ映えする御用ジャーナリストにすぎなかった。両者共に米英の制裁対象になっているが、いずれもロシアの権力構造の重要人物ではない。

【関連記事】【動画】娘の爆殺現場に駆けつけて悲嘆に暮れるドゥーギン

ロシアにとって腹立たしい「反証」もある。アゾフ大隊に女性隊員は存在しない。爆弾が仕掛けられた現場とされる駐車場は政府の管理下にあり、複数の検問所が設置されている。

だがドゥーギン父娘が出席したイベントの2週間前から、駐車場の監視カメラはオフライン状態になっていた。

FSBはオフになっていることを把握していたはずだが、外国の情報機関員は監視カメラにアクセスすることも難しいだろう。厳重に警備された駐車場で、ボブクが誰にも気付かれず、単独で800キロもの爆発物を仕掛けたとは信じ難い。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

三菱商事、4─12月期の純利益6079億円 進ちょ

ビジネス

スズキ、通期純利益を上方修正 期末配当予想1円増配

ビジネス

EXCLUSIVE-日本製鉄、転換社債5000億円

ビジネス

インドネシア、新たな市場規制案発表 上場時の浮動株
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流していた? 首相の辞任にも関与していた可能性も
  • 4
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 10
    電気代が下がらない本当の理由――「窓と給湯器」で家…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story