コラム

ナイキCMへ批判殺到の背景にある「崇高な日本人」史観

2020年12月03日(木)21時00分

更には保守界隈、ネット右翼界隈で盛んなのはこれに加えて「日本人が人種差別に立ち向かった」とする一種の神話がまかり通っていることだ。この中で必ず出てくるのは、第一次大戦後のパリ講和会議(1919年)で、戦勝国となった日本が当時の国際連盟に提出した「人種的差別撤廃提案」である。つまり第一次大戦後、戦勝5大国(米英仏伊日)のなかでの唯一の有色人種が日本であった。日本は当時とりわけ欧米で根強かった(黄禍論等)有色人種への差別撤廃の為に講和会議でこの事案を持ち出したが、他の列強に拒否されて沙汰闇になった...という事実である。これを保守派やネット右翼は「必ず」といってよいほど「崇高な日本人」史観の中に登場させ、「日本民族こそが差別撤廃を願った」として、日本人の道徳性と正義感、ひいては無差別性を強調しているのである。

いかにも、パリ講和会議で日本が「人種的差別撤廃提案」を出したことは事実である。が、その当時(1919年)、日本は朝鮮半島と台湾等を植民地支配し、国際的には「人種差別撤廃」を謳っていたが、実質的には他民族を服属させ、支配していた。要するに1919年の日本政府による「人種的差別撤廃提案」は政治的ポージングに過ぎず、実際は人種差別を主張する当事者である日本が他民族への搾取と差別を行っていたというに二枚舌・矛盾を解決できないでいた。そして昭和の時代に入り、大陸侵略を目論む日本軍部・政府等は満州事変を経て「同じアジア人」である中国侵略と、「大東亜共栄圏」の下、東南アジアの被欧米植民地へ軍を進めていったのは既知のとおりである。

差別をしない日本民族、のウソ

事程左様に、「崇高な日本人」史観とは、全く根拠のない空想であると喝破せざるを得ない。そもそも日本民族は、明治国家建設以前の近世期に於いてさえ、「他民族」たるアイヌ等への圧迫(土地・権益略奪)と搾取(不当交易)を繰り返してきた(江戸期・松前藩等)。そういった歴史的な日本人の差別(加害者)の事実がありながら、「日本には欧米のような人種差別問題は極めて少ない~」というのは、全くの妄想・歴史改変でしかない。また更にさかのぼれば、戦国の世が終わって琉球王国を薩摩藩が服属させ、明を経て清朝との二重朝貢国としながらも実際は日本の服属地としておいた数次の「琉球処分」を如何に見做すのか。「崇高な日本人」史観にはその答えが全く無い。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

国際金融当局、AIの監視強化へ

ビジネス

EXCLUSIVE-中国BYDの欧州第3工場、スペ

ビジネス

再送-ロシュとリリーのアルツハイマー病診断用血液検

ワールド

仮想通貨が一時、過去最大の暴落 再来に備えたオプシ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story