コラム

『仮面ライダー BLACK SUN』──「非暴力という欺瞞」を暴く問題作

2022年11月13日(日)18時00分

『仮面ライダー BLACK SUN』の仮面ライダーSHADOWMOON(左)、BLACK SUN(右) (C)石森プロ・東映 (C)「仮面ライダーBLACK SUN」PROJECT(マグミクス)

<怪人たちは差別と闘うために物理的な暴力を選択する。レイシストには一片の優しさもないこの作品が問いかけるもの> *ネタバレを含みます

1989年の特撮番組『仮面ライダー BLACK』のリメイクドラマ『仮面ライダー BLACK SUN』が「Amazon Prime」で配信されている。前作はいわゆる「子供向け」のヒーロー番組だったが、本作は逆にテーマ設定やグロテスクな表現も含め、全くの大人向け作品として仕上げられている。

虐げられた者たちの反乱

筆者は旧作『仮面ライダー BLACK』の直撃世代だ。次作の『仮面ライダー BLACK RX』も含め、ちょうど仮面ライダーが現在のように1年ごとのTVシリーズとして放映されていない時期に唯一放映されたTVシリーズだったため、よく印象に残っている。

旧作に思い出がある筆者にとっては、30年前の価値観のまま、子供向け作品に多少の大人向け表現を付け加えたものを新作として出されても評価はできない。今回のリメイクについても筆者は懐疑的だった。しかし完成した作品は、旧作の設定やストーリーを参照しつつ、「怪人」という虐げられた者を象徴する存在の、抑圧者に対する反逆をテーマに再構成しており、視聴者に重い問題提起をする作品だった。

「差別は悪い」という大原則

『仮面ライダー BLACK SUN』をまだ観ていない人に忠告しておくが、この作品は「差別は悪いので、なくさなければいけない」いう大原則の上に成立しており、異論は認めていない。まずその前提に共感できなければ作品を楽しむことはおそらくできない。

なぜ差別が悪いのかを一から説明しないと分からない人にはこの作品はおすすめしない。差別はなくならないと考えている者にもおすすめしない。差別する者の背景も理解してこそ差別問題を立体的に考えられるのではないか、と「冷静に」差別の相対化を主張する者にもおすすめしない。『仮面ライダー BLACK SUN』は、レイシストに優しくない。政治家であれ民間人であれ、抑圧する者への一切の歩み寄りをみせていないのだ。

一方、差別される怪人たちの背景は様々だ。抑圧に抵抗する者、抑圧者に協力することで保護を得ようとする者、怪人至上主義を主張し、抑圧者を逆に支配しようとする者。背負っているものの違いによって、怪人たちは相争う。だが最も政府の保護を受けている怪人でさえ、その心の奥底には差別への冷たい怒りがある。怪人たちの悲劇は、どうすることもできない構造的な差別がゆえに起こっているのだ。

反差別闘争の敗北の歴史を背負う主人公

怪人差別への抵抗の歴史は怪人が誕生したときから生まれているのだろうが、物語はひとまず、1970年代の新左翼運動からスタートする。この年代設定は仮面ライダー50周年の記念作品であるという理由による。一方で、60年代の「政治の季節」が過ぎ去り、暴力革命への期待が「挫折」するとともに、学生運動や社会運動が世界的に高揚した「1968年革命」の刺激を受けて、エスニシティやジェンダーのようなアイデンティティの運動が活発になっていく時代でもある。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 9
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story