コラム

国葬強行による安倍元首相の神格化を許すな

2022年09月26日(月)16時54分

岸田政権が国葬を強行する理由をもう一つ挙げるとすれば、終わってみれば「国葬やってよかったよね」という世論が広がることを期待しているのではないか。

2021年、当時の菅政権は、新型コロナウイルスの感染者が増える中、『東京オリンピック2020』を決行した。世論調査では、延期・中止派が過半数に達していた。しかしオリンピック後に行った世論調査では、日本勢のメダルラッシュなどもあり、オリンピック支持派が多数を占めた。

確かに国葬議にはオリンピックとは違ってイベントとしての魅力はない。しかしそれでも、中継や夜のニュースなどで海外の来賓や安倍元首相を支持する市民のコメントを流しておけば、結局は「やってよかったムード」が醸成されるだろうという期待を自民党首脳部がしたとしてもおかしくはない。実際、二階元幹事長はテレビ番組で国葬について「淡々とやることだ。国葬が終われば、反対する人たちも良かったと思うはずだ」と発言している。

そして安倍元首相は国葬が行われたことをもって、「国葬が行われるに値する」首相であったことが既成事実化される。旧統一協会問題や桜を見る会問題など、安倍元首相は死してもなお追及されるべき不正疑惑に事欠かない。そのような検証を、国葬という権威により有耶無耶にしようとすることもできるかもしれない。安倍首相に近かった党内右派を中心に、そのような神格化の動きは必ず出てくるだろう。

既成事実化は許さない

しかし、そのようなシナリオはうまくいくだろうか。自公政権が既成事実化しようとした「オリンピックやってよかったよね」ムードは、ここ数カ月オリンピック関係者が相次いで操作され逮捕されていく中で、一変しようとしている。オリンピックが利権まみれの汚いイベントだったことが明らかにされつつあるのだ。

先日のコラムでも書いたように、国葬をめぐる予算や広告代理店への委託の議論は、オリンピックの縮小再生産となっている。現在進行形で進んでいるオリンピック捜査の生々しさは、一説にはイギリスのエリザベス女王の国葬よりも高額とされる安倍元首相の国葬への「よかったムード」を打ち消すには十分であり、27日以後もなお追及が続いていく可能性があるだろう。

さらに今なお続いている旧統一協会問題で、カルト的なものへの危機感が世論において高まっている中で、安倍元首相への個人崇拝的なコメントがテレビで流れることは、逆効果になるかもしれない。

ただし、現時点で安倍元首相の国葬が「やってよかったムード」にはならなかったとしても、数年後には「安倍元首相の国葬はごく一部の反対派が騒いだが多くの国民は支持しており厳粛に執り行われ国際的にも評価されその偉大な功績が称えられた」という都合のよい歴史修正がなされてしまう可能性がある。

そのような歴史の改変を阻止するためにも、私たちはこの状況をしっかりと記憶し、記録にとどめていく必要があるだろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、28年にROE13%超目標 中期経営計画

ビジネス

米建設支出、8月は前月比0.2%増 7月から予想外

ビジネス

カナダCPI、10月は前年比+2.2%に鈍化 ガソ

ワールド

EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組み合
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story