コラム

安倍元首相の国葬に反対する

2022年07月19日(火)13時50分

自民党本部に置かれた焼香台と安倍元首相の遺影(7月12日) REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<事績に基づけば国葬に値するかどうかは疑わしい人物を、選挙演説中に殺害されたインパクトをもって強引に国葬を執り行ってしまうのは危険であり、故人の神格化に繋がりかねない>

7月14日、選挙演説中に殺害された安倍元首相について、今年秋に国葬を行うことが発表された。実現すれば吉田茂元首相に次いで戦後二例目となるが、法的根拠はない。これまでの首相経験者の多くが政府と自民党の合同葬であったのに対して、なぜ安倍元首相だけ特別視されるのか。反対・慎重論も多い。

国葬儀の特別性

戦前にあった国葬令が日本国憲法の施行に伴い1947年に失効して以来、日本国では国葬について定めた法令はない。従って1967年の吉田元首相の国葬は、極めて例外的な措置として行われている。このときの前例に従えば、葬儀の負担が全額国費で賄われるだけではなく、公の機関や学校、民間企業に弔意を示すことを要求できる。

中曽根康弘元首相の葬儀は、首相経験者の慣例を踏襲し、政府と自民党の合同葬というかたちで行われた。その際、政府が大学や教育委員会に弔意を示すことを要請したことが問題となった。たとえあくまで要請にすぎず、従わない場合の罰則はないとしても、現実的には政府の要請は強い圧力として機能するのであって、市民の内心の自由に関わることになる。国葬は合同葬以上に幅広い要請を市民社会に行うのであり、問題はより大きくなる。従って、市民的自由の領域に踏み込んでまで、故人が国葬に値する人物かが問題になる。

安倍晋三元首相は国葬に値するか

先述のように戦後に国葬が行われた事例は吉田元首相しかなく、佐藤栄作元首相の国民葬がそれに準ずるのみだ。従って、安倍元首相がそうした人物たちに匹敵する事績をあげたかを検証する必要がある。筆者は安倍首相の業績についてほぼ全く評価するところがないが、高く評価する人もいるだろう。ただしその場合でも、歴代首相に比べてどうかという客観的な比較検討が行われる必要がある。

たとえば外交政策。吉田茂のサンフランシスコ平和条約は戦後日本が独立を回復した出発点だ。佐藤栄作は沖縄の「本土復帰」を実現した。もちろん、どちらの業績も沖縄への米軍基地の押し付けを前提としているなど、手放しで賞賛できるわけではない。しかし安倍政権はウラジーミル・プーチンと何十回も交渉を行い、北方領土問題に注力していたにも拘らず、四島返還どころか二島返還すら実現不可能にするなど、かえって事態を後退させている。これは前二者に匹敵する外交成果といえるだろうか。国際的評価から考えても、佐藤栄作というノーベル平和賞受賞者が国葬になっていないのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと)  埼玉工業大学非常勤講師、批評家
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿 
Twitter ID:@hokusyu82 『

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ワールド

パキスタン南西部で自爆攻撃、少なくとも52人死亡

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、9月は2年ぶり低水準 ECBの

ビジネス

英8月住宅ローン承認件数、6カ月ぶり低水準 消費者

ワールド

スイス中銀、外貨売却を拡大 第2四半期は442億ド

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:日本化する中国経済

特集:日本化する中国経済

2023年10月 3日号(9/26発売)

バブル崩壊危機/デフレ/通貨安/若者の超氷河期......。失速する中国経済が世界に不況の火種をまき散らす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    本物のプーチンなら「あり得ない」仕草......ビデオに映った不可解な行動に、「影武者説」が再燃

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    NATO加盟を断念すれば領土はウクライナに返す──ロシ…

  • 5

    巨大なクマを飼い猫が撃退! 防犯カメラが捉えた「…

  • 6

    ワグネル傭兵が搭乗か? マリの空港で大型輸送機が…

  • 7

    日本は不況の前例ではなく「経済成長の手本」。中国…

  • 8

    「盗んだバイクで走り出すって......あり得ない」  Z…

  • 9

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 10

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...「スナイパー」がロシア兵を撃ち倒す瞬間とされる動画

  • 3

    本物のプーチンなら「あり得ない」仕草......ビデオに映った不可解な行動に、「影武者説」が再燃

  • 4

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 5

    マイクロプラスチック摂取の悪影響、マウス実験で脳…

  • 6

    これぞ「王室離脱」の結果...米NYで大歓迎された英ウ…

  • 7

    「ケイト効果」は年間1480億円以上...キャサリン妃の…

  • 8

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 9

    ロシア黒海艦隊、ウクライナ無人艇の攻撃で相次ぐ被…

  • 10

    J.クルーのサイトをダウンさせた...「メーガン妃ファ…

  • 1

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 2

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 3

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部隊がロシア軍の塹壕に突入

  • 4

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 5

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 6

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 7

    サッカー女子W杯で大健闘のイングランドと、目に余る…

  • 8

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 9

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 10

    ロシア戦闘機との銃撃戦の末、黒海の戦略的な一部を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story