コラム

テロリストに引退なんてあるのか

2010年08月04日(水)14時49分

 3月にモスクワで起きた地下鉄連続自爆テロ事件の首謀者とされ、「カフカスの首長」を自称するドク・ウマロフ(46)が、健康上の理由で引退すると表明した。このニュースにはいくつかの理由で興味をそそられる。

 1つ目は、北カフカスの反政府武装勢力による活動に彼の引退がどんな影響を与えるのかということ。2つ目は、テロ指導者の「引退」が珍しいことだ。

 アルカイダの創設メンバーの1人、サイード・イマム・アル・シャリフのように、自分が捕らえられた後に元の仲間を見捨てるテロリストもいる。一方で、コロンビア革命軍(FARC)の司令官ネリー・アビラ・モレノのように、政府との取引を受け入れて投降する者もいる。かつてのアイルランド共和軍(IRA)暫定派の司令官マーティン・マクギネスは、文民の政治指導者として自己再生を果たした。

 だがテロ組織の幹部が、降伏したり、所属していた組織やその手法を否定することなく単に引退する例は、ほかに思いつかない。一般的に、テロ組織内で一定以上の位に上り詰めれば、死亡するか収監されるしか抜け出す方法はない。

 ツイッターで質問を投げ掛けたところ、興味深い事例をいくつか教えてもらうことができた。例えば、クルド人過激派組織アンサール・イスラムの前指導者クレカル師は、90年代前半にノルウェーに逃亡。その後も同組織を支援するため何年間もイラクに通い続け、ついに自宅軟禁処分となる。

 マレーシアのマラヤ共産党の指導者チン・ペンは、現在タイで亡命生活を送っているが、帰国の許可をマレーシア政府に求め続けている。ただし、マラヤ共産党は20年以上前に武装解除している。

 亡命キューバ人でマイアミに暮らすルイス・ポサーダ・カリレスを挙げた人もいた。彼は76年に起きたキューバ旅客機爆破事件の首謀者とされているが、CIA(米中央情報局)とつながりがあるため、恐らく例外的な存在といえるだろう。

 ロシアのウマロフに話を戻すと、彼はアメリカとロシアからテロリストに指定されているが、健康状態が悪化していることに同情してどこかの政権がかくまってくれるかもしれない。とはいえ、平穏な晩年を過ごすことのできるテロ組織指導者はそれほど多くないことを、彼は覚えておくべきだろう。

──ジョシュア・キーティング
[米国東部時間2010年08月02日(月)19時05分更新]

Reprinted with permission from "FP Passport", 4/8/2010. © 2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

南ア中銀、政策金利据え置き 過去の利下げの影響見極

ビジネス

紫金黄金国際、32億ドル規模のIPO 香港で今年最

ワールド

前教皇の路線継承、教理大きく変更せず レオ14世が

ワールド

トランプ氏のアフガン基地返還要求発言、米政府関係者
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story