コラム

バイデンをコケにしたイスラエルの狙い

2010年03月11日(木)14時20分

 

怒り心頭 バイデンが訪問中だったことは無視された(3月9日、ネタニヤフとの共同会見で)
Ronen Zvulun-Reuters
 

 3月9日朝の時点では、ジョー・バイデン米副大統領のイスラエル訪問は友好的なムードで順調に進んでいるように思えた。前日、イスラエルとパレスチナはアメリカが仲介する間接交渉の開始で合意した。

「両国の絆はこれまでも、そしてこれからも揺るぎない」と、バイデンはイスラエルのシモン・ペレス大統領のゲストブックに記した。「両国が手を携えてこそ、この地域での永続的な和平を達成できる」。またバイデンはペレスのことを、「自らの考えをはっきり表明できる政治家」だとたたえた。

 だが同じ8日、イスラエル政府はヨルダン川西岸地区の既存のユダヤ人入植地における住宅の新規建設を承認すると発表していた。これに対し米国務省は当初、きわめて慎重な反応を示した。イスラエルのベニヤミン・ネタニヤフ首相が打ち出した入植地建設の10カ月間凍結とは矛盾しないという同国政府の主張を受け入れることを示唆したのだ。

 ところがイスラエルはさらなる問題の種をまいた。9日、イスラエルとパレスチナの間で帰属が争われている東エルサレムに、1600戸の入植者住宅を建設する計画を内務省が発表したのだ。

 計画発表はエリ・イシャイ内相(宗教政党シャスの党首でもある)の独断で行われ、ネタニヤフ首相も知らなかったというのが表向きの説明だが、首相周辺は事実確認を進めているらしい。

■「行為もタイミングも最悪」

 これを受けてバイデンは厳しい声明を出した。


「私は東エルサレムにおける新たな住宅建設計画を推進するというイスラエル政府の決定を非難する。発表の内容も、間接交渉を始めようというこの時期に発表したというタイミングも、今まさにわれわれが必要としている信頼を損なう行為であり、私がイスラエルで行ったばかりの建設的な議論に逆行するものだ。

 われわれは交渉を支援する雰囲気を壊すのではなく醸成しなければならない。今回の発表は、紛争をめぐるすべての未解決の問題を解決できるような交渉を始める必要性がいかに高いかを示している。

 エルサレムはイスラエルにとってもパレスチナにとっても、そしてユダヤ教徒にとってもイスラム教徒にとってもキリスト教徒にとっても非常に重要な問題であるということをアメリカは認識している。

 誠意をもって交渉を行えば、両陣営は1つの合意にたどり着けるとわれわれは考える。双方のエルサレムに対する思いを実現し、世界中の人々のためにその地位を守れるような合意だ。どちらかが一方的な行動を取ったところで、恒久的な(エルサレムの)地位問題についての交渉の行方を動かすことはできない。

(米中東和平特使の)ジョージ・ミッチェルが間接交渉の開始について発表した際に述べたように『われわれは当事者とすべての利害関係者に、対立を煽ったり、交渉の結果に悪影響を及ぼすかもしれない発言や行動を慎むよう求める』。」


 イスラエルのハーレツ紙によればその後、イシャイ内相までが1600戸の新規住宅建設については知らなかったと発言したという。建設承認は入植の一時凍結の対象外であるエルサレムにおける法律上の手続きに過ぎず、内相の許可は要らないというのがその理由だ。冗談だとしても笑えない。

■イスラエルにお仕置きをすべきか

 イシャイはもう一つ、笑えない発言を行っている。


「もし私がそれを知っていたら、承認を1〜2週間先延ばしにしただろう。なぜならわれわれには、誰かを挑発しようという意図はなかったからだ」とイシャイは言った。

「バイデンが来ている間にこんなことが起きたのは非常に感じが悪い。承認がこれほど大事になるということを委員会のメンバーが分かっていたら、(事前に)私に知らせてきただろう」


 ハーレツはまた「イスラエル政府高官」の話として、ネタニヤフは住宅建設に問題はないと考えているものの、バイデンを当惑させるような事態は避けたほうがよかったと思っているらしい。それはお優しいことで。

 さて、この問題にアメリカはどう対応すべきなのだろう。

 もしオバマ政権が何らかの形でイスラエルに制裁を加えようとすれば、せっかくの間接交渉はお流れになってしまう。そうなればこの「事件」の背後にいる人間たちの思うつぼだ。

 だがアメリカは従来から、イスラエルのこの手の策略に対していちいちお仕置きをしたりはしない立場だ(たぶん、バイデンの声明で叱責は終わりだろう。もしかするとこれから数週間、イスラエルの高官がアメリカ側に電話をかけても折り返しの連絡をもらえないといった目に遭うかもしれないが)。

 だがそうなると、パレスチナ側が交渉のテーブルに着こうとしないという困った可能性が出てくる。これぞまさに、イスラエルの強硬派の望む通りの展開だ。

──ブレイク・ハウンシェル
[米国東部時間2010年03月09日(火)16時04分更新]

Reprinted with permission from FP Passport, 11/3/2010. © 2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.


プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ウォルマート、8―10月期は予想上回る 通期見通

ビジネス

米9月雇用11.9万人増で底堅さ示唆、失業率4年ぶ

ビジネス

12月FOMCで利下げ見送りとの観測高まる、9月雇

ビジネス

米国株式市場・序盤=ダウ600ドル高・ナスダック2
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story